リバーポートソング第三部 第三話 現在のメンバーでの演奏が打ちのめされるぐらいマジカルなものだったら音楽を愛するものとして、それを邪魔するような行動を取るまいとは思っていた。

【第三部 第二話はここから】

【あらすじと今までのお話一覧】

 先のキャンプで作曲に対して自信が湧いてきたので何曲か作ろうとしてみたが、肝心の歌詞が出てこないため、なかなか曲作りは進まなかった。が、バンドを組みたいという思いはますます強くなっていった。そして組むなら柳しかいなかった。
 僕が柳とバンドを組むことに固執していたのはなにも彼と仲が良かったからとか、音楽の趣味が近かったからとか、楽器のセンスがとびぬけているから、という単純な理由だけではない。かねてから僕には理想的なバンド像があり、それは作曲や作詞が出来るメンバーが二人以上いて、自分が作った曲は基本自分で歌うというスタイルのバンドだった。ビートルズやクラッシュ、キッス、YMOやユニコーンがそれに該当する。本当は高岸と最初にバンドを始めた時に、そういうバンドを作ろうというのが高岸と意気投合した理由の一つだった。だが、その時の僕に作曲をする能力はなかったため、高岸中心で物事は動いていき、石田さんを入れたことで彼は自分の理想を叶えた。そういう意味では「すとれいしいぷす」は僕にとって理想的なバンドではあった。ただ、それは自分の力が足りなかった事もあって、胸を張って活動できる場所ではなく、僕の居場所は段々となくなっていった。柳が曲が作れて、すでに何十曲も自分の曲を持ってる事はそのころにはすでに分かっていて、そのうち何曲かを戯れに披露してくれたこともあり、そしてそれらの楽曲群は錦とは違ったベクトルで衝撃的なものだった。錦の曲が躍動感溢れる生き生きとした楽曲だとするなら、柳の曲はもっと淡々としていたが凄みを感じさせるものだった。柳はそれらの自分の曲をどうするつもりもないようで、それを何とかして世に出したいという思いもあった。錦の時のように。
 柳がStraySheepsに参加しているのは正直げんなりする事実だったが、それがどのような物か確かめる必要があった。柳にとって居心地の良い場所だろうが、どんなにStraySheepsが素晴らしいバンドになっていようが、柳を誘うつもりでライブを見に行ったが、現在のメンバーでの演奏が打ちのめされるぐらいマジカルなものだったら音楽を愛するものとして、それを邪魔するような行動を取るまいとは思っていた。当時は本気でそう思いこんでいたが、それは柳を誘うのを先延ばしにしようとする僕の心の動きによるものだったかもしれない。

 自分がいなくなってからのStraySheepsを僕はもう二,三回は見ていた。ほどんどが不可抗力的なものだったから、自主的に見に来たのはその時が始めてだった。流石にワンマンライブではなかったが、対バン相手もそれなりにインディーシーンでは名の知れたバンドで、彼らの知名度があがってきているのが分かった。
 会場は十年ぐらい前に出来た比較的新しめのライブハウスで、吉祥寺駅からちょっと歩いたところにあった。StraySheepsは意外と手広く物販もやっていて、誰がデザインしたのか、T-シャツやステッカーなどが置いてあり、四曲入りのミニアルバムも出ていた。全部知らない曲だった。僕はそのCDを買った。
 彼らの出番は最初だったし、始まる少し前に来たので、メンバーには会わなかった。それでも開演まで少し時間があったから、CDを開封して、アートワークや曲のクレジットを見た。石田さんと高岸が共作した曲が一曲であとは全部高岸が一人で作った曲だった。レコーディングメンバーを見ると高岸、石田さん、花田と、ドラムはやはり石崎さんではなく、柳だった。始まる前にすこし聴いておこうとポータブルプレイヤーにCDを入れた時点で、会場が暗転し、彼らの演奏が始まり、慌ててプレイヤーをショルダーバッグにしまった。
 石崎さんの方がドラム歴が長く、彼のドラムに対する態度は極めてまじめだったから、認めたくない事実だったが、ドラムを始めて一年未満の柳のドラミングの方が石崎さんよりも何か大事なポイントをうまくつかんでいるような的を射たドラミングだった。柳のドラムはそれだけで音楽として成立しているグルーヴ感に溢れていた。にもかかわらず全体としては前回の文化祭で見たライブの方がよかった。あの時のStraySheepsは確かに石崎さんが弱点だったが、今は個性のぶつかり合いが息苦しく感じた。あの石崎さんの控えめなドラミングが、個性豊かな他の演奏人を大きく受け止めていた気がした。ただ、その息苦しさは僕以外は感じていないらしく、会場は熱気に包まれていたし、演奏にも熱が入っていた。舞台上では柳だけが何故だかクールに淡々と叩いていて、彼だけに視点をフォーカスすると他の音がスッと消えてドラムだけが聞こえる不思議な感覚があった。その姿はあの文化祭でリバーポートソングの一員として嬉々として叩いていた柳とはまるで別人のようで、仕事に徹したようなドラミングだった。柳は実につかみどころがないやつだったが、どんな気持ちでStraySheepsの一員として演奏していたのか見ていて本当に謎だった。ライブは熱狂のうちに終わり、僕は対バンの他のバンドの演奏を観ずにすぐに会場を離れた。

 帰るのに時間はかかるが吉祥寺から僕(と柳)が住んでいる街にバスがでていて、電車で帰るとなると二回乗り換えして、おおきく迂回しなくてはならないが、バスだとのってるだけで直線距離で帰れて楽だったから吉祥寺への往復は大抵バスを利用していた。終バスは九時ぐらいで、ライブハウスを出たときはまだ八時をまわっていなかった。商店街で天丼を食べ、満腹になった所で井の頭公園へ向かった。吉祥寺へ行くとき、よっぽどスケジュールが詰まってない限り、僕は必ず井の頭公園へ来ていた。日が長くなっていたが、流石にもうあたりは暗くなっていた。それでも夜の井の頭公園はまばらに人がいた。柵にもたれかかって池をじっと見つめる。さっき買ったStraySheepsのCDを再生しようと思ったが、静かで心地が良かったからやめた。喫煙者だったら、ここでタバコを吸えば気持ちがよさそうだなと思った。そういえばまだ僕がいて名前がすとれいしいぷすだったころ、それこそ石田さんと石崎さんが加入した後の最初のライブが吉祥寺だった。そんなことをふと思い出した。後ろを楽しそうにカップルが通り過ぎていく。錦とこの公園にくることはなかった。行っておけば良かったかもしれない。親密だったころの彼女とここで過ごすのは昼も夜もどちらもよさそうだった。彼女を抱きしめた時の感覚が身体に蘇ってきて、実際に胸がギュッと締め付けられるような感覚があり、少しめまいがした。少し冷静になって、センチメンタルな気分にも飽きてきたから、少し散歩して帰ろうと柵から離れ、後ろを振り返るとベンチに見知った影が座っている。柳だった。
「なんで?」ゆっくりと近づいてくる僕をじっとみながら彼は落ち着き払って言った。
「今日観に来てたのが見えたから、終わったらここに来ると思って待ってた」
「俺ってそんなにわかりやすいやつだったか」
「そう思うよ」ドラムスティックの先端がのぞいているショルダーバッグから豆乳の小さなパックを取り出しながら彼は言った。バッグ以外は何も持っていない。ドラマーのくせに自前のペダルもスネアも持たずに自分のライブにやってくるとはこいつはバンドを舐めているのかと思った。ただそれでもあの音が出せるなら自分なら文句は言えない。
「まあそれは冗談で、期待はしてたけど、ただの偶然だ。俺もこの場所が好きだから来てただけだ。昔二人できてたろ」
 それは確かにそうだった。柳とであってほぼ毎日のように会っていたころ、たまに吉祥寺まで歩いたりして贅沢な時間の使い方をしていたものだった。
「で、今日のライブどうだった」豆乳のパックにストローをさしながら柳がいった。
「良かったよ」
「『良かった』って声じゃないぜ」
 僕は観念してさっき思った事を全部言った。柳のドラミングの方が石崎さんのより良かったが、それはStraySheepsには調和してなかった事、全体としては前に学祭で聴いた時のライブの方がマジカルな瞬間があったと。
「やってる方はわからないというのもあるにはあるけど、それは同意見かな。確かにこのバンドはまだ調和していない。そしてそれは俺が原因かもしれない。次回以降気を付けてみるよ。参考になった」
 そんな話は僕にはどうでもよかった。
「ひとつ質問があるんだが、なんでStraySheepsに入ったんだ?」
「誘われたから。ドラムを続けるには丁度いいとおもったんだ。いいバンドだし」
 僕が昔すとれいしーぷすにいた事を知っててか? と言いたくなったがそれはこらえた。でもどうしてもこれだけは言いたかった。
「ベースとボーカルのやつは付き合ってるんだぜ。メンバー間の恋愛なんてお前が一番嫌いなやつだろ。それで錦と俺とはやらないってお前がいったんだぜ」
 柳がそこを気にせずに錦と僕と三人でバンドを続けてくれていたら、ひょっとして僕たちは破局せずに済んだかもしれない。それどころか三人で最高のバンドができて今でも活躍しているかもしれない。それは本当に何度も何度も何度も夢想した。
「しらなかった。すまん。ただ、だとしたらあの二人はもう別れてると思うよ。ある種の緊張感とよそよそしさが二人の間に走ってる」
 柳の直感が当たっていれば、それは石崎さんには朗報になるが、だとしたらバンドにとってはまずい状況な気がした。
「それはもういいよ。とにかく俺はお前に話があってライブを見に来たんだ」
 柳は豆乳のパックを飲み終わり、ストローをパックの中に入れて、パックを畳みながらずっとこっちを見て僕の言葉を待っていた。
「いっしょにバンドをやってほしいんだ。コンセプトはメンバーが全員曲を作って歌えるバンドだ。現代のビートルズだ」
 柳はちょっとうつむいて静かにいった。
「ビートルズとは大きくでたね」
「ビートルズみたいな音楽性ってことじゃないぜ。あくまでもバンドとしてのあり方のはなしだ」
「ビートルズみたいな音楽性を獲得できるならたいしたもんだ」
「で、答えは」
「話を聞こう。とりあえずそれからだ。歩こう。バスがなくなる」
 結局僕らは終バスに間に合わなかった。勿論電車を使えば帰れたが、三時間ぐらいかけて歩いて、バンドの方向性について話をしながら二人で帰った。W3の物語がやっとここから始まった。

第三部第四話に続く

タイトルとURLをコピーしました