リバーポートソング第二部 第七話 本当はそんな話をするつもりはなかったが、店の照明の暗さが何故かそういう気分にさせていた。

【第二部 第六話はここから】

【あらすじと今までのお話一覧】

最初は前に小木戸とやった時の曲をまたこのメンバーのアレンジでやろうという話だったが、錦はまた何曲か書き溜めており、それもやりたいとの事だった。という事で錦が家で弾き語りしたものをマイク取りしたMDのデモ音源を、事前に池袋で受け取ることになった。

2人とも大学の帰りで既に夕暮れになっていた。最初は駅前で音源だけもらって帰るつもりだったが錦に誘われて2人で散歩しながら話をして、ぶらぶらするうちにいい時間になったので結局ミルキーウェイというレストランに入った。店内は少し暗めの照明で、10代であふれかえっていて、あちこちでささやき声やざわめきが起こっていた。

「ここには良く来るの」

「ううん。くるのは初めて。大学近いのに変だよね」

「別に変じゃないよ。近いとかえっていかないとかあるし。地元の名所とか。サンシャインの水族館とかは行った?」

「子供の時から何度もいっているよ。デートとかでもいってたし」

「そうか、ちかいもんね。正直羨ましいよ。都会が近いと行くところがいくらでもあるから。青森とかカラオケとかしかない」

「でも雪がある」

「たしかにね」

その時、ウエイトレスがきて注文をとるとまた暗闇に消えていった。僕たちはなにかパスタ的なものを頼んだ。

「錦は将来どうしたいとかあるの」

本当はそんな話をするつもりはなかったが、店の照明の暗さが何故かそういう気分にさせていた。

「正直あんまりない。就職のイメージもわかないし」

「なんか意外。いろいろと考えていそうだし。僕はなんにも考えていない。音楽で暮らしていけたらって思うときもあるけど」

「そうだね」

そのあと僕らはパスタがくるまでしばらくだまっていた。僕らはたわいのない話をしながらそれを平らげ、池袋の駅構内で別れた。

さて、受け取ったMDを持ったその足で僕は柳の下宿へ向かった。柳はバイトからかえってきたばかりで、畳んだ布団に寄りかかって本を読んでいた。

「座椅子を買おうと思ってる。けどそんなスペースはないんだ」

僕は軽く頷いて「例のMD、もらってきた、かけるよ」といってそいつを再生した。

一曲目はピアノのコードリフが繰り返しが印象的で、リフ自体はシンプルで単純なものなんだけど、使用している分数コードの独特な響きと裏拍を上手く利用したリズムのお陰でなかなかユニークで中毒性があった。そこにちょっとシュールで哲学的でもある歌詞と妙に人懐っこいメロディが乗っかるなかなかの名曲だった。

「アレンジのしがいがある」柳はそういうとノートを引っ張り出してきてアイデアのメモを取り始めた。

二曲目には「ビッグ・タイム!!」というタイトルが付けられていて、ハウスっぽい四つ打ちのリズムセクションが入っており、それに合わせて軽快なシンセが鳴り響き、タイトル通り躍動感と多幸感溢れるボーカルが気持ちいい一曲だった。一曲目は新基軸というか割とクールなテイストで僕が当時知っていた錦らしさはない曲だったが、これはあの合宿で触れた才能の迸りと熱量が感じられる(僕が当時勝手にそう思っていた)錦らしさ全開の曲だった。

「これはドラムいらないね」と柳は苦笑すると「このままリズムマシンの音色で俺がシンセを担当して自由に歌ってもらった方がいいかもしれない」と言ってキーボードを練習し始めた。

三曲目は再びピアノの弾き語りの、バラード的な曲で、ピアノのアレンジもかなり作り込まれているし歌としての完成度も高く、かなり大事に作り込まれたであろう事が伺える一曲だった。途中まで感心して唸りながら聴いていると、これはあの合宿で聴いた曲が更に練り込まれた物だとやっと気がついた。

「このままで充分成立してる。特に俺らがやれる事もないな」

僕はただそれに頷くしか無かった。

「前に君たちがやった残りの曲聴ける?」

僕は急いでうちに帰り、前に小木戸と錦でスタジオに入る前にもらったCD-Rを取って帰った。その間柳は例のメモ帳にアレンジをメモりながらドラムスティックを握って雑誌を叩いていた。僕たちは前にやった曲もあれこれいいながら聴いて、その後、3日間ぐらいかけて、錦に意向を伝えながら簡単にアレンジをつけていった。

僕たちは以前小木戸がドラムだった際に使ったのと同じ渋谷のスタジオにまた入ることにした。今回は僕もスタジオの場所がわかっていたから、現地集合にして、柳をスタジオまで連れて行った。

誰かを誰かと引き合わせるとき、若干の不安がそこにはあると思うのだけれども、この時はあまりなかった。二人とも個性的な人物だったし、合わないという可能性もなくもなかったのだが、そんなことは当日スタジオに到着するまで思わなかった。しかもそれは一瞬の杞憂に終わって、二人はフラットに打ち解けていった。二人とも気持ちが音楽へと向かっていたからかもしれない。

その時のスタジオ練習はとりあえずもらったMDの三曲をやった。一曲目は例の凝ったピアノリフに合わせるようにつくったシンプルながらも効果的なリズム隊のアレンジがばっちりと決まって、なかなか凄い曲になった。ちなみにベースはスタッカート気味に弾いたほうが良いというアドバイスを錦にされて、実際そのように弾いたらグッとよくなった。二曲目の「ビッグ・タイム!」は錦の音源を元にしたリズムセクションをドラムマシーンで柳が作ったのを流し、彼がキーボードを弾いて、錦は自由に歌った。ベースはシンセベースエフェクトをかまして、ハウスっぽいリズムセクションの音からあまり乖離しないようにした。柳も錦も、憑依型というか、取りつかれたように演奏にのめりこむ傾向があったから、曲の多幸感あふれる感じにあわせて僕の動きも段々と大胆になっていき、スタジオ中を馬鹿みたいに動きながら演奏した。三曲目はピアノの弾き語りだけで十分成り立っていたのだが、錦が是非というので無理やりベースとドラムを入れたが、これも思いのほかよかった。

ということで練習自体は大成功と言えるような出来で終わり、その場で次のスタジオの予約を入れた。

僕はこの即席で結成されたバンド「リバーポートソング」に関しては大きな後悔がある。まずはこの次点で柳の音楽的な才能について僕がまったくわかっていなかったこと。彼と一緒にバンドをやりたいとは思っていたし、柳が音楽にかなり造詣が深いこともわかっていたし、僕よりも色んなことをわかっていたこともしっていた。でも、柳が自分で素晴らしい曲を作れることはその時わかっていなかったし、ボブ・ディランの様に歌うこともわかっていなかった。わかっていたら僕は必死にドラマ―を探し、柳にはギターを持たせて錦と柳の二人がフロントにたつ恒久的なバンドにしようと努力していたに違いない。そして代わりの優秀なベーシストさえいたら僕はそのバンドに居なくたって構わなかった。とにかく二人が同じバンドにいて、それぞれが優れた曲を競い合って作って歌い、時には共作したりもする「凄いバンド」がみたかった。結局僕は柳と錦がバチバチにやりあって作り上げる音楽を聴く機会を失ってしまった。一時期同じバンドにいたにもかかわらず。

第二部第八話に続く

タイトルとURLをコピーしました