音楽連載小説 第十三話

【第十二話はここから】

端的に言ってその日の練習は冴えないものだった。エーテルワイズの曲と僕たちのギタープレイは噛み合わず、なんだかちぐはぐだったし、※①高岸の新曲をスタジオでじっくりアレンジしてみるも、しっくりこなかった。前回は既に出来上がった素晴らしいバンドの素晴らしい楽曲をプレイしていたからというのもあるかもしれないが、前回の練習にあったマジカルな雰囲気が今回は全くなかった。皆言葉にはしなかったが、同じ認識なのは顔を見れば分かる。

石崎さんはすでに9月の中旬に下北沢の老舗ライブハウスでオーディションライブを入れてくれていた。今は7月の下旬だ。あんまり時間があるとはいえなかった。初めからすべてがうまくいくとはもちろん思っていなかったが、少なからず僕は落胆していた。そしてその原因の多くが自分にある気がしてやるせなかった。相変わらず僕はコードをなぞるようなフレーズやナンバーガールのパクリみたいなギターしか弾けていなかったし、自分のギタリストとしてのプレイスタイルや本当に表現したいことも見つかっていなかった。もちろんバンドのコンセプト「複数のボーカリストやソングライターがいて、中期XTCと初期ビートルズとエルヴィス・コステロとアトラクションズを足して割ったようなバンド」というものが当初はあって自分もそれを目指していたが、僕がソングライターになれていない時点で自分がそのコンセプトに貢献出来ていないというものあったし、かと言ってギタリストとして、前述したバンド達を想起させるようなギタープレイができていたわけでもなかった。なにより、石田さんと石崎さんが加入し、僕らの理想にエーテルワイズの音楽性が加わり、さらにその二人が目指すバンド像、高岸と僕に期待するものもあったりして、バンドがどこに向かっているのかそもそもあまり整理できているとは言い難かった。そもそもリーダーすら決まっていなかった。もちろんこのような分析が当時の僕にはまったくできておらず、ただ、もやもやと「このままではダメだ」という気持ちと「自分が足を引っ張っている」という負い目だけがあった。しかし、僕が自分の事しか考えていない間、ほかのメンバー3人はバンドが目指すべき方向性のすり合わせが足りていないと練習をして気づいたみたいだった。皆、初めて会った時の飲み会と、二回目の練習の高揚感でこのままいけると突っ走っていたが、決めるべきことを決めて来なかったと気づき反省したみたいで、バンドを立て直すためにはスタジオ以外の場所でもう一度話し合う必要があるという結論に同時に達していたようだった。

練習が終わった後、石崎さんが「よし、ボーリング行くぞ」といった。何故にボーリングと皆思ったが、石崎さんの半ば強引なノリでボーリングに行くことになった。確かに僕たちには気分転換が必要だったかもしれない。

ボーリング場は池袋の駅から少しあるいた所にあった。今ではすっかり見なくなったが、当時のボーリング場では自分の好きな曲やPVを備え付けのジュークボックスで流す事ができた。

「これしかないだろ」と言って早速石崎さんが僕たちのレーンまで戻ってくると、モーニング娘。が流れた。石田さんも続いてジュークボックスを見に行き「ロキシーミュージックなんでないんだろ」と残念そうにいいながら戻ってきて、そのあとに電気グルーヴが流れた。僕はドラゴン・アッシュの「Grateful Days」を流した。

ゲームが始まってみてわかったのは※②なんでも完璧に出来るんじゃないかと思っていた石田さんはボーリングがド下手ということだ。まずフォームがオカシイ。石崎さんがそれを見てげらげら笑っていたが、高岸は変にまじめなところがあるので、「こうするといいですよ」とか言ってフォームやコツを教えていた。僕はボーリングが得意だったから思わぬ形で自信を回復することができた。

「さてリーダーを決めないとな」とゲーム中盤で石崎さんが唐突に話始めた。「俺はめんどいからパスね」と言って僕の方を向いて「やる?」と聞いたから突然すぎてなにも言えず僕は首を振った。「じゃあ君たちだな」と石田さんと、今投球を終えて戻ってきたばかりでなんにも分かってない高岸に石崎さんは言った。石田さんは無言で両手を高岸の方に差し出した、それはまるでイギー・ポップの『The Idiot』のジャケットのように。

※③「決まりだな」

こうしてバンドリーダーは高岸に決まって彼も満更でもなさそうだった。

僕たちが曲をリクエストしなくなったのでボーリング場には2004年のヒットソングが薄く流れ、ボールがピンを倒す豪快な音が支配的になった。

「リーダーは今日の練習どう思った?」と石田さんが高岸に聞いた。

リーダーだなんてやめてくださいと高岸はかぶりをふって「そうですね。今一度『すとれい しいぷす』の目指すべき音っていうか、どういう音楽性でいくのかきちんと話し合った方がいい気がしました」「そうだね。私も何となくカチッとハマるかなって思っちゃってたけど、どうしてもエーテルワイズの音を引きずっちゃうし、そうするとなんか君たちと噛み合わない感じがするんだよね」と石田さんがいうと、高岸と僕がうなずき、石崎さんが快調にピンを倒した後に「うんうん、俺もそう思う」と言って入ってきて、「聞いてなかったじゃん」と石田さんに突っ込まれていた。

「僕も正直今日合わせたら前回みたいにうまくいけるとなんとなく楽観視してました、でもそうじゃなかった」と高岸はシリアスに言うと、「どうやら場所を変える必要がありそうだね」と石崎さんがにやにやしながら言った。まるでこの一連の流れが自分の手柄であるかのように。そしてそれは事実そうだった。

十四話に続く

※①今だったらクラウドで音源共有して、事前にアレンジなどを練ることも可能だが、当時はクラウドなんてなかったし、メールで音源を送るにもかなりの容量制限もあった。携帯のメールですら文字制限があった時代だ。

※②僕だったら、あれだけ下手だったら行きたくなくなりそうだが、楽しそうにプレイしていて流石だなと思った。ここでも結局人間性の違いを見せつけられた。スコアは僕が160、石崎さんが140、高岸が120、石田さんが60ぐらいだったと思う。

※③二人の名誉のために言っておくと石崎さんも石田さんも立派にリーダーをつとめられる人である事は確かだし、2人とも本当に面倒くさくて高岸にリーダーを押しつけたわけではない。ここまでの練習でイニシアチブを自然な形で取って色々と段取りしてくれたのは僕らではなくこの2人だったし、スタジオの予約やライブハウスのブッキングなどの面倒な事は石崎さんが率先してやってくれていた。ただ、石崎さんはやるべき事と分かっている事は率先して動くけど、特にバンドに対して何らかのヴィジョンがあるわけでもなく、ケイちゃん(石田さん)や僕らと楽しくバンドできれば良いタイプだった。石田さんはやりたい方向性のヴィジョンはあったが、バンド全体の事までは特に考えず、舵取りは誰かに任せたいと考えているような感じがした。エーテルワイズでは彼女がリーダーシップを執っていたみたいで、それが重荷になっていた節もあるので、高岸にそういうものは委ねて自分はソングライティングとパフォーマンスに集中してバンドに貢献したいと思ってたのかもしれない。対して高岸はそもそも石田さんを誘った時点でこのバンドの青写真みたいなものを持っていたし、バンドを大きくしようという野心は人一倍あったから適任だったと思うし、その事を2人も感じていたのだと思う。

第十四話に続く

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