音楽連載小説 第二十一話

【第二十話はここから】

小田原に全員が集まったので早速目的地である伊豆半島の下田方面に向かうことになった。そこにバンド合宿ができるスタジオ付きの宿泊施設があるということだったが、その前に昼飯と観光がてら熱海によることになった。熱海といえばかつては関東の人々に人気の手頃な観光地だったが、移動手段の多様化によるライバルの増加と若年層の取り込みに苦戦しており、※①当時は一時期のような活況はなくなっていた。それでも僕にとっては熱海は初めて訪れる場所であり、メインストリートである商店街やアーケードは十分賑わっていたし、ここがあの有名な熱海か、という感動は十分にあった。アーケードは昼飯時で混んでいたこともあり、9人一度に入れるようなお店はなく、我々は食べたいもので3組に別れた。高岸、石田さん、藤田さんが鰻屋、深川さんと、高山さん、錦がうどん屋で、石崎さんと僕と成戸が、定食や丼物を出す店だった。正直僕はこの2人と一緒にいるのが1番安らげたので心穏やかだった。石崎さんと成戸は凄く話しやすいし、それに2人とも結構よく喋るタイプだったから僕は黙って2人の話を聞いてお冷をのみながら頬杖をついて遠い目をして時々うなずいてるだけでよかった。そんな感じで注文の品が来る頃には僕のお冷は空になっていた。2人は僕と成戸の出会いのこと、成戸が最近地元にいた恋人と別れたこと、石崎さんの彼女のこと、などなど僕が※②あんまり興味がない事を話していたので僕は殆どぼーっとしていたと思う。彼女さんの写真を見せてもらったが石崎さんが自慢するだけのことだけあって確かに可愛く「かわいーじゃないですか。腹立つレベルですね」とか成戸に言われていた。その子は石崎さん達と同じ大学の一年でなんとなく石田さんに似ていたが、その事は言わなかった。

食べ終わって商店街を物色して時間を潰しながら合流した。CD屋は見当たらなかった。並んでたとの調理時間がかかるのとで、鰻屋組が1番合流が遅かった。「美味しかったよー」と石田さんが快活に笑い、「あんなうまい物食べないなんて人生損だぞ」と藤田さんも冗談めかして言い放って皆笑った。

車に戻って今度はいよいよ下田に向かう。下田市は伊豆半島のほぼ先端にある市で熱海からは大体2時間弱を見ておけば良いぐらいの距離である。ほぼ海沿いの道を二台の車は目的地まで黙々と走っていった。天気は少し曇っていて、雨が降ってきそうだった。車内は食後の満腹感で少し静かになり、運転席の石崎さん以外はみんなうとうとしていた。僕もいつのまにか寝てしまったらしく、その間成戸に寝顔を取られていたみたいで、後で写真を見せられてからかわれた。

例のスタジオ付きのペンションは下田の中心から20分ぐらい離れたなかなか辺鄙な所にあって、道も分かりにくく、印刷した周辺の地図と年長組2人の記憶を頼りにしてなんとかたどり着いた。途中で先行するメソポタミア文明ズの車と信号待ちで別れてしまったので、到着すると彼らはもう荷下ろしが終わった所だった。「どうした。迷ったか」と藤田さんが笑いながら言って、石崎さんも力なく笑った。藤田さんは何度も来ているらしく、ペンションのオーナーらしき40代ぐらいの日に焼けてやけにチャラチャラしたおじさんと親しげに会話していた。そのおじさんは曇っているのにリアム・ギャラガーがしているような丸いサングラスをかけてハーフパンツにアロハシャツといういかにもな格好で、髪は肩にかかるぐらい長くて茶髪に染めていた。僕たちを適当に出迎えた後、藤田さんに「案内しといてね」とか言って原チャリにまたがると、どこかに消えていった。

おじさんは怪しかったがペンション自体は白塗りの壁に青い屋根が映える綺麗な建物だった。我々は部屋をふた部屋借りていて、それぞれの部屋には何もなく、押し入れとロフトだけがあった。我々男子は5人だったのでロフトに3人ねて、後の2人は下で寝る事になりそうだった。押し入れには人数分の布団があった。楽器と荷物を部屋の隅に置くと我々は早速スタジオを見に行った。スタジオは15畳と18畳の2部屋で、防音もそれなりにきっちりしていそうだった。丁度屋我々と違うグループのバンドが一部屋スタジオを使っていたが、音は殆どもれてきていなかった。予約は部屋の前のホワイトボードに利用時間を書き込むスタイルで「1バンド連続2時間まで」と赤い掠れた文字で下の方に書いてあった。次に我々は談話室と呼ばれるリビングに向かった。そこはスタジオ2部屋ぐらいの広さがあり、中央にソファーがコの字方に並べられていて、その中心にはテーブルがあって、入り口と反対側は全てガラス張りになっていたからソファーに座ると窓から中庭が見え、そこから中庭にも出れるみたいだった。入り口から左手側には大型のテレビとステレオがあり、備え付けの棚にはCDとDVDがびっしりと入っていた。そして棚の前にギタースタンドがあってYAMAHAのアコースティックギターが無造作に置かれていた。テレビと反対側の壁にはキッチンと冷蔵庫があって、冷蔵庫は自由に使って良いらしく、扉に使用のルールが張り付けてあった。早速僕と高岸はCD棚を物色し始めた。CDやDVDは自由に視聴可能で、殆どがビートルズ、ストーンズ、ピンク・フロイド、クラッシュなどのクラシックロック、パンクばかりで、ニューウェーブやヒップホップ、グランジなどのその後の流れがその棚の中では無かったことにされていた。比較的新しめなのはモー娘。とか鈴木亜美とかヒットしたJ-Pop(なぜか女性ボーカル限定)だけだった。石崎さんがアコギを手に取ったから「弾けるんすか?」と聞いたら「まさか」と言って※③「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のリフを弾き始めた。

深川さんがギターを奪って※④ビートルズの「ブラックバード」を弾くと「『ラウンド・アバウト』やれ」って石崎さんがいい、深川さんは「いいよ」と言って「フロム・サ・ビギニング」を弾き始めて「ELPじゃねぇか!」と突っ込まれていた。その間藤田さんはキッチンで換気扇を回し、目を細めて旨そうにPeaceを吸っていた。そうこうしているうちに女子組が談話室に来ていた。時刻は4時過ぎで後1時間ほどしたら下田の街へ買い出しと夕食を食べに行くという。石田さんと高岸は早速新曲の打ち合わせで僕たちの部屋に篭ってしまった。石崎さんと藤田さんは談話室に置いてあった恐ろしく年季の入った※⑤スーパーファミコンで『マリオカート』をやり始め、深川さんはギターを弾きながらそれを見ている。僕は急に手持ち無沙汰になってしまった。残りの女子たちはスタジオに入って、成戸がボーカルで何かをやってみるらしい。暫くはCD棚を物色していたがちょっとそれも飽きてきた頃に成戸がやってきて「どうせ暇なら手伝って」と言ってギターを持ってスタジオまで来るようにいわれた。一応ノックしてから部屋に入ると石田さんと高岸が文字通り顔を突き合わせて曲の細部を詰めているようだった。僕は素早く自分の機材を掴んで部屋を出ると恐る恐るスタジオに入っていった。成戸がマイクスタンドの前で構えていて、ドラムセットには高山さんが座っていて、キーボードの前に錦が立っていた。この時僕は錦がキーボード担当であることを知ったのだった。しかしつい4時間ほど前に知り合ってロクに話もしていない人とバンド経験者でも無いのによくスタジオに入れたなと、改めて成戸の積極性、社交性には驚かされた。僕が機材のセッティングをしながらさてなんの曲をやろうかと言う話をして全員が出来そうな曲を探っていたがなかなかなく、やっとセッティングが終わったころに※⑥ナンバーガールの「透明少女」をやる事になった。錦はキーボードなのでキーボードがいないナンバーガールは当然コピーしていないが一応聴いてはいたのでなんとかやってみるとの事だった。一曲通す前に一応キメの部分だけ合わせた。バンドサウンドの要のベースが無いのとギターアンサンブルが売りの一つなのにギター一本でどうなる事かと思ったがコレが意外となんとかなるどころか、むしろ気持ちが良かった。高山さんのドラムはすらっとした彼女の見た目に反してパワフルだったし、成戸は思いのほか歌が上手く、原曲の荒々しさは無いものの、原曲とはまた別の情感がそこにはこもっていて透明少女の憂いみたいなものすら感じることができた。しかしなんといっても僕が心を打たれたのは錦のキーボード演奏だった。僕は単に原曲とほぼ同じアレンジでギターを弾いていればそれで良かったが、ベースレスで変則的なバンド編成を支えるために錦は歪ませた野太い音色を作って低音パートを担当し、所々、中域、高音域の※⑦オブリガートを入れ、全体のバランスをとりつつもきちんとプレイヤーとしても聴きどころを確保していた。何より彼女は、平常時のちょっとおとなしめな佇まいからは想像が出来ないほど、非常に熱をこめて、楽しそうに、かつ真剣なまなざしで演奏に望んでいて、その姿は実に格好良く、聴衆を魅了する要素をもっていた。途中から彼女に見惚れてしまって、僕は何回か弾く場所を間違いそうになったぐらいだった。

続く

※①2018年現在熱海は若い世代を中心にした地道な活動が花開き、再び活況を取り戻しつつある。

※②当時の僕は高校で色々と辛い経験をしていたこともあって恋愛なんて興味が無かった。第一自分に自信がなく、積極的に他人と関わっていくような時期でも無かった。しかしこの時期はそんな僕の意思に反して、高岸や石田さん、石崎さん、成戸など、周りの人間は皆求心力のある人物ばかりで、僕の周りには自然と新しい人間関係が生じていた。というわけで色恋沙汰に関しては僕は周りの忙しない人間関係を、対岸の火事のように、ぼーっと見ていて、時々飛んでくる火の粉をめんどくさそうにさっと避けている様な感じだった。

※③「スモーク・オン・ザ・ウォーター」はイギリスのハードロックバンド、ディープ・パープルの代表曲で、めちゃくちゃ簡単なギターリフで有名。

Smoke on the Water

※④ビートルズ「ブラックバード」はポール作のアコースティックギターによる弾き語りで、非常に印象的なギターフレーズで有名。「ラウンド・アバウト」はイギリスのプログレバンド、イエスの代表曲でアコースティックギターでは始まる。「フロム・ザ・ビギニング」は同じくイギリスのプログレバンド、エマーソン・レイク&パーマー(略してELP)の曲で、コレも美しいアコースティックギターのイントロで有名。

※⑤スーパーファミコンは任天堂の1990年代に一世を風靡したゲーム機器。『スーパーマリオカート』はマリオシリーズの世界観をレーシングゲームに持ち込んだヒット作。

※⑥ナンバーガールは福岡県出身のギターロックバンドで90年代の終わりから数年間の日本のバンドシーンを1番盛り上げだバンド。「透明少女」は彼らの代表曲。

NUMBER GIRL – 透明少女

※⑦オブリガートは歌と歌の間に入るちょっとした気の利いたフレーズのこと。おかずとも言う。一番有名なオブリガートのいい例はイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」だろう。

2番のサビの歌の間に、なんともエモーショナルな短いギターのフレーズが入るのが確認できると思う。

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