リバーポートソング 第二部 第五話 ガンガン鳴っているはずの音楽がふっと聴こえなくなる感覚があった。彼女の目は心なしか少しうるんでいるようにも見えた。

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下北沢での中古盤あさりは大した収穫がなかった。前回もそうで、東京中のサブカル好きの若者が集る街だから、良いものが入ってもすぐに売れてしまうのかもしれない。渋谷についたころにはもうへとへとになっていて、レコファンとディスク・ユニオンに行くという当初の目的は諦めて、マックで時間を夕飯代わりのポテトとハンバーガーをコーラで流し込んで、買ったCDを聴きながら持ってきていたヘミングウェイの『武器よさらば』を読んで時間をつぶした。中途半端な時間だったから高校生の男女グループが騒いでたのと何人か一人できてる人がいるだけで店内は珍しく空いていて、そんな中、店員がぶつくさ言いながら、明るすぎる安っぽい照明に照らされてゴミ袋をとりかえていた。

時間になったから待ち合わせ場所に向かう。

高良君には申し訳ないが、そのころには僕はもう帰りたくなっていた。僕は他人と関わりあうことにまた消極的になっていた。柳とは奇跡的に気があっていたが、思えば僕は元来それほど社交的な性格ではなかった。それが、高岸や、石田さん、石崎さんというコミュニケーションのお化けみたいな人たちと一緒に居たおかげで、社交性にブーストがかかっていただけだった。今になってみると久々に石崎さんにあうのも、考えてみたらたった2度しかあっていない錦をさそったのも、どうかしていたとしか思えなかった。

待ち合わせは渋谷クロスタワーのテラスだった。そこには尾崎豊の記念碑がある。会場がその近くだったからという事で石崎さんが提案してくれたのだった。僕としても話には聞いていたその記念碑を見てみたかった。

記念碑のまえでは15歳ぐらいのショートカットの女の子がアコースティックギターで弾き語りをしていた。それは誰か他の聴衆に向けた演奏ではなく、尾崎豊に向けて語りかけるように歌う極めて個人的なものだった。やっていたのは「ダンスホール」という曲で、「15の夜」や「I Love You」じゃなくて良かったと思った。「ダンスホール」の歌詞は演歌みたいな場末感が漂うものがあるのだが(というか尾崎豊の曲自体元来四畳半フォークみたいな泥臭さや生活の臭いがするものなのだが)、いかにも80sライクな洗練されたプロダクションやつるっとしたアートワークのおかげでそういう側面がかなり漂白されている。そういう「商品」としてのとっつきやすさの中から尾崎豊の情熱や泥臭さみたいなものが漏れ伝わって来るのが実は彼の作品の良さだと思っていて、「15の夜」や「I Love You」、「卒業」などの代表曲とされている有名な曲はそういったプロダクションの恩恵が薄く、くどすぎる感じがして苦手だった。「ダンスホール」にもそういうきらいはあるが、圧倒的にメロディーが良かったし、過剰にドリーミーなアレンジも好きだった。その女の子の弾き語りは原曲に比べるとややあっさりとした歌い方だったが、それがかえってよかった。僕は彼女に気づかれないようにその演奏に聴き入っていた。外で弾き語りするにはまだまだ寒い季節だった。

「なにみてんの」ザッキ―(石崎)さんが僕の肩に後ろから不意にもたれかかりながら言った。僕は自分の顔が自然とほころんでいくのを必死で隠しながらザッキーさんがのしかかってくるをふりほどき、彼女の演奏を邪魔したくなかったからそこからちょっと離れて久しぶりの再会を喜んだ。会う前は不安が付きまとっていたけれど、実際にあってみるとそんな必要はなくて、石崎さんはいつものザッキ―さんだった。少し後ろから錦も来ていた。ここに来る途中で二人は既にであっていたらしかった。例の尾崎豊を歌う彼女には気づかれない様にしばらく三人でその演奏を聴き、演奏が終わると皆で小さく拍手をしてから会場に向かった。

「尾崎豊は『シェリー』が最高なんだよ」

「僕は『ドーナッツ・ショップ』ですね。詩の朗読みたいなのが曲の最後の方に入ってて、ま、クサいといえばクサいんすけど、グッとくるんですよね」

三人とも意外なことに尾崎豊が好きで、特に錦は初期三部作よりも後のアルバムも聴きこんでいる様だった。

「私は『米軍キャンプ』が好きです。この間の合宿の車で聴いたThe Blue Nileっぽさもあってよくないですか」 「あ、言われてみたらそうかも」「僕はどんな曲か思い出せないから、帰ったらまた聴いてみます」

実はクラブにいくのはこれが初めてだった。後に社会人になってからライブハウスから遠のいた足をクラブに向け、会社での疲れも忘れて踊りまくる様になるとはこの時は想像もできなかった。もっとも、今の会社に転職してからは一度も行っていない。

狭い階段を降りて会場に出てみれば、会場自体はあまりライブハウスと変わりが無いように見えた。そのハコの特徴なのかもしれない。着いたらすでにゆるゆると音楽がかかっていてもう始まっている様な雰囲気だった。程よい暗さのなか、暖色系のドットの光の魚群がひしめく中に僕たちは突入していった。

いまから思い返してみれば、なんてことはない、終電前に終わるサークル主催の学生イベントだったけれど、当時は自分たちでこういうイベントをオーガナイズしていることも驚きだった。よくよく考えてみたらそれは自分たちがバンドでやっていることとそんなに変わらないはずだったけれども。

僕はまず高良君を探して、2人を連れて挨拶をしにいった。高良君に会うのも久しぶりだったが、相変わらずの彼らしい快活さだった。音楽が爆音で流れていたから僕らは大げさなジェスチャーや耳打ちやハグで再会の喜びを伝え合った。「すとれいしーぷす」のライブで会っていたので、高良君は錦とザッキ―さんが来てくれて、また会えたことを喜んでいた。

イベント自体は高良君が所属するサークルのメンバーが交代でDJをして、曲を流すというものだった。高良君が事前にいっていた通り、Hip Hopやテクノ、ハウスなど、クラブと親和性が高いものだけじゃなくて、ロックも、ダンスミュージックの影響が色濃いものは流れていた。

そんなわけで、僕たちが高良君と談笑している間にも音楽は流れ続けていた。

不意に華奢な細い手が僕の肩をうしろからつかんだ。振り向くとそこには成戸がいて、口を結んで、いままで見たことのないような真剣な顔をしてまっすぐこっちをみていた。ガンガン鳴っているはずの音楽がふっと聴こえなくなる感覚があった。彼女の目は心なしか少しうるんでいるようにも見えた。そして、そのうしろにはどこかで見たことあるが誰だったかは思い出せない背の高い男が怪訝な目でこちらをみていた。

成戸は「ついてきて」というように頭を斜め後ろにそらした。振り向いて、その背の高い男に、ちょっと背伸びして耳打ちすると、そのまま出口に向かって彼女は歩いていった。僕は後ろを追いかけるしかなかった。その背の高い男と少し目があった。

上着をクラブのロッカーにあずけていたから、外の空気は一層肌寒くて、僕たちはすこし震えながら渋谷の街の外れを話しながら歩いた。他愛のない話だった。僕が彼女を避けていたこと、メールが来てもおざなりな返事しかしなかったこと、何も彼女は責めなかった。それが僕には結構堪えた。何もなかったかのように僕たちは話した。歩いた。笑った。

結局30分ぐらい外にいた気がする。クラブの近くになると寒さに耐えられなくなった僕らはほぼ駆け足になって地下へと駆け込んだ。

その後も僕たちはいい友達でい続けた。時々喧嘩することもあった。けれどこの時ほど二人で過ごした時間で尊いものはなったと思う。彼女にそれをいうと十中八九怒られるだろうけど。

過去を美化するのも僕の良くない癖だ。しかし、過去を美化しない奴は回想なんかしない。

クラブに戻ると成戸は例の背の高い男の元に駆け寄っていった。そして彼をこっちまで引っ張ってくると彼に耳打ちして僕を紹介した。成戸から僕には彼に関する説明はなかったが、彼が近づいてきてフッとタバコの香りがして思い出した、伊豆の合宿先で、僕らよりも先に来ていた3ピースバンドのギターの男だった。彼の名前をまったく思い出せないのだが、浅井健一っぽい雰囲気があったから勝手に浅井とよんでいる。

成戸を呼んだのは高良君だった。僕が参加していた、「すとれいしーぷす」のライブで、僕らの知人が一堂に会した時に仲良くなって連絡先を交換したそうだ。あとで高良君から聞いた。成戸が僕に声をかけたタイミングではまだ彼女は高良君に出会えてなかったらしく、僕に浅井を紹介したあとで、二人は高良君のもとに近寄っていった。

僕はずっと壁にもたれかかって、飲めないアルコールをすすりながら、みんなが踊るのを見ていた。意外なことに僕の知り合いの中で一番踊っていたのは錦だった。とても楽しそうで、自然な踊りでとっても良かった。その次によく踊っていたのは成戸だった。彼女は時たま目をつむって両腕をそっと折り曲げ、あたまの高さまで両手をあげ、踊っていた。それは走馬灯の中に入れても後悔しないぐらい美しい光景だった。彼女と一緒にいた浅井が僕の隣にきて、同じく壁に背を持たれかけた。彼がやるとそれはずいぶん様になった。「彼女いい子だよな」僕のほうを見ず殆ど叫ぶように彼はいった。「そうだな」僕も叫んで返した。「本当は君を殴ったほうがいいのかもしれない、でもやめとく」彼はそう耳打ちして笑った。いい笑顔だった。僕はただ頷いた。

ありがたいことに高岸も石田さんも来ず、イベントは10時半というきわめて健康的な時間に終わった。

久しぶりに沢山の人にあって沢山話をして、なんだか妙な心地だった。自分の振舞いでいくつかミスをしたような気がしていて、無駄に落ち込んでいた。そういうくだらないことは考えない様になったと思っていたけど、そうではなかった。今から思い返してみればどうでもいいことに思えるのだが、結局自分の直前の行動を恥じるなんてことをやめれたのは、人生がどうでも良くなったあの事件の後からだった。人とうまくやりたい、将来に希望を持ちたいということの裏返しだったのかもしれない。とにかく電車の中で後悔に押しつぶされるのが嫌だったから、様々な感情に整理をつけるため(そしてだれかと電車で一緒になるのがいやだったため)に、エントランスで皆に別れを告げて、明治通りを北上して渋谷から新宿まで歩くことにした。

新宿からは電車で、終電ぎりぎりだったけどもみくちゃにされながら何とか家についた。そのまま倒れこんで買ってきたCDをだらだらと聴きながら寝てしまいたいぐらい疲れているはずだったが、そうせずになぜかギターを手にとって机に向かった。そしてそのまま一気に書き上げてしまったのが「Song Cycle」という曲だった。タイトルはアメリカの作曲家ヴァン・ダイク・パークスが1968年に発表したアルバムから拝借した。特に関連性はない。本当に何となくだった。

※①「Song Cycle」

12時にレコードの
針を落とそう
キャンドルに灯を
そっと灯そう

Dancing to the night
Dance through the night

真夜中過ぎたなら
音に気をつけよう
寂しがり屋の誰かが
くるといけないから

Dancing to the night
Dance through the night

ずっと夢をみていた
ずっと夢にみていた
ずっと夢をみていた
寂しがり屋だから

12時にレコードの
針を落とそう
キャンドルに灯を
そっと灯そう

寂しがり屋だから
寂しがり屋だから
寂しがり屋だから

続く。

※①今聴くとストーンローゼズのパクリみたいなシンプルな3コードのジャングリーなギターポップダンスミュージックだった。

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