音楽連載小説 第二話

【第一話はここから】

 柳の部屋は2階の一番奥の角部屋だった。下には誰もすんでいなかった。隣は朝早く出て行って、夜遅くに帰ってくる、いるのかいないのかわからないぐらい静かに暮らしている社会人の男性だった。ミュージシャンにとってまぁ理想的な環境だ。深夜に騒ぎ過ぎないように気を付けるだけでよい。

 柳の部屋は物に囲まれていた。消して汚いわけでも散らかっていたわけでもなかったが、物はおおかった。まず玄関を入ると左手に靴だながあり、その上にCDと本が積み重なっていた。あとでわかったことだがその靴だなの中身はほとんど文庫本だった。靴は二三足で、ほとんどコンバースだった気がする。そう柳は音楽家であるだけでなく、熱心な読書家でもあった。そしてそれは彼の創作の秘密のひとつだったと今にして思う。

「寒いな、暖房をつけよう」積み重なったCDの山と山の間からリモコンを取り出すと柳はエアコンのスイッチをいれ、そのままかがんで、こたつの電源を入れた。エアコンは変な空気を大袈裟な音を立てて吐き出したあと、やっと動き出したようだった。東京の冬がこんなにも寒いとは思ってもみなかった。故郷よりも南だからもっと暖かいとおもっていたのだ。それになにより東京の建物は寒さに強いようにはできていなかった。少なくても僕と柳のアパートはそうだった。僕はこたつに滑り込むと、寒さを紛らわそうと気を散らすため、柳の部屋のなかを観察し始めた。柳の家は当然ワンルームで、先ほど書いたように玄関から入って左手に靴だながあり、そのとなりは風呂と便所、いわゆるユニットバスがある。対して右手には簡易的なキッチンと流しがあって、部屋とその廊下の仕切りには申し訳程度にカーテンが引いてあった。

 入り口から見て部屋の右手側には本棚があって、CDと本でぎっしりだった。その奥にギターラックがあって、テレキャスター、ストラトとレスポール、フェンダーのジャズベース、タカミネのアコギがあった。部屋の中央にはさっき言ったようにコタツがあった。角部屋だったのでCDの棚と反対側の壁には窓があって、そこからは雑木林が見えた。夏にうっかり窓をあけると虫がよく入ってきた。窓の前には学習机があって、いつもその机の椅子に座って柳はギターを弾いて、曲をかいていた。机の下にはフェンダーの15ワットの小さなアンプが置いてあって、それにいつもギターをつないでいた。簡単な歪みを作れたり、リヴァーブがかけれる程度のシンプルなつくりのやつだ。柳がエフェクターを取り出して部屋で弾くことはほとんどなかった。家で弾くときはギターとアンプで完結していた。机の横にはギタースタンドがあって、そこにはその時々に柳が気に入って弾いていたギターが置かれていた。柳はあまり機材にはこだわらないタイプだった。アンプがどうとかピックアップがどうとか、柳の口から聴いたことはなかった。が、それはなんでもいいというわけではなかった。彼にとっては見た目がシンプルで格好よく、自分の求める音を出してくれるものを重要視していただけだ。多少弾きづらいギターでも音がよければ文句はなかった。

 机のもう一方の横側には布団が畳まれて置いてあり、訪問者たちはよくソファー代わりにそれに寄りかかっていた。布団の横はクローゼットで、あけるためには一度布団をどかさなければならない。やはりクローゼットの中には服以外に大型の書籍やレコードがしまわれていた。柳の服装はいたってシンプルなもので、思い出そうとしても何をきていたのか思い出せないほどだ。普通のジーンズやスラックスに、上は夏はTシャツかポロシャツで、秋冬はワイシャツの上にカーディガンを羽織っていた。おしゃれというわけではないが、特にださいというわけでもない。それに柳は背が高いので僕と違ってなんでもある程度似合ってしまうのだ。また、柳はライダースジャケットのようなこだわりのアイテムなどを着ることもとくになかった。ただ冬から春先にかけてはモッズコートをきていてよく似合っていた。

 ベランダに出るとそこに見えるのは一面の墓地だった。僕達はその墓地が好きだった。遅くまで話し込んだ後、朝靄の中ベランダから墓地を眺めるのが好きだった。そんな時誰も一言も喋らなかったが、多分おんなじことを考えていたと思う。

 夜にはよくその墓地を散歩したものだった。※①キーツの墓もイェーツの墓も、ワイルドの墓も無かったけれども、僕らのインスピレーションの源の1つだったと思う。

 本棚を見るとその人の、人となりがわかるというがCDにもおんなじことが言えるとおもう。いまだったらスマホにどんな音楽が入っているかになるだろうか。僕は今でも人の家に上がった時にはCDが置いてある棚を探してしまう。近年ではあまり見られなくなってしまったけれども。

 人となりが分かると言ったが、柳のCDコレクションから何がわかるだろう。柳のCDコレクションは膨大で、ジャンルの偏りも少なく、大抵の歴史的名盤はそこにあった。例えば君がスカを聴きたいといえば、柳はスペシャルズのファーストアルバムをすぐに取り出してきてくれたし、君がラップを聴いてみたいといえばNotorious BIGの 『Ready to die』 を出して来てくれるし、ビートルズを聴き始めたいといえば、彼は少し迷ってから赤盤を取り出して貸してくれただろう。

 いや、邦楽がいいんだけどといえば、それがスカなら東京スカパラダイスオーケストラの『スカパラ登場』になり、ラップならブッダブランドの『病める無限のブッダの世界』になるということだ。ビートルズっぽい日本のバンドってない? と聞いてみたら多分ユニコーンを出してくれていただろう。※②かと言って幅広いジャンルの表層だけをかすめ取った聴き方を彼がしていたわけではなく、CDの棚には確実に彼自身の好みが反映されていたし、何かを貸して欲しいとお願いしたときには、柳がそれをどのぐらい気に入っているのか、短いコメントやリアクションで示してくれていた。

 話がずれてしまったが、柳の好みというのは決してすぐに把握できるタイプのものではなかった。人間性の深みというものを感じさせる棚だった。僕たちはよく、気が付くとCDの棚を見ながらああでもないこうでもないと、音楽に関する話を始めてしまっていたものだった。

 結局その日に解散したのは夜の2時だった。2人でレコードやCDを聴いて、ギターでセッションをし、近所の「矢野屋」でラーメンをたべて(雪はもうやんでいた)、またCDを聴きながら音楽について話し合って、それから互いの連絡先を交換して別れた。

 音楽を愛する人との出会いがなくなってから久しい。あの日の偶然の出会いは運命的なものだと思いたくなるのも仕方がないことではないだろうか?

第三話に続く

※①ピンと来なかった人はThe Smithsの「セメタリー・ゲイツ」という曲を聴いて欲しい。

※②うん、ビートルズに対応する日本のバンドと聞いてユニコーンを推すことがいくつのもの反論や議論を巻き起こすことは百も承知だ。でもこっちもそれなりに本気だ。他にどんな選択肢があるだろう。メンバー全員が曲を作れる。複数の人間がヴォーカルを取る。そして何よりユーモアのセンスがある。だらだら活動せず、潔く解散する。これらの条件を満たす日本のバンドが他にあるだろうか? まぁYMOもそうなんだけど、ユニコーンよりバンドっぽさが薄いきがしてしまって、ちょっと違和感がある。しかし、僕は正直に告白するとユニコーン再結成は少し残念だった。あのまま更新されないユニコーンの方が良かった。柳のように。

第三話に続く

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