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邦楽ポップ史を語る上で外せない歴史的名盤。大滝詠一『A LONG VACATION』

大滝詠一作品サブスクリプションサービス解禁記念記事。

今回は日本の邦楽史上に燦然と輝くポップの名盤、1981年発表、大滝詠一『A LONG VACATION』を取り上げたいと思います。

しばしば大滝詠一の最高傑作とされがちですが、それにはちょっと異論があるんですよ。

確かに素晴らしいアルバムなんですけど、大滝詠一というアーティストの魅力を全て出し切ったというよりは、幾つもの側面の一部分にフォーカスした一枚なんです。

その側面とは、一つはシンガーとしての大滝詠一の上質な声質です。

大滝さんは本作で、その透明感のある歌声を美しく響かせること重きを置いた歌唱法をとっています。

そしてもう一つは、オールディーズと呼ばれる、50年代のアメリカポップスの黄金時代のサウンドや楽曲に対する深い造詣ですね。

生前から「山下達郎と大滝詠一のラジオは情報量がヤバい」と言われていたぐらいポップマニアな大滝さんでしたが、その50年代のアメリカのポップスに対する造詣を楽曲に落とし込んだのが本作なんです。

というわけで『A Long Vacation』はこの2つの側面に非常にフォーカスした一枚なんですよね。

それから本作を大滝詠一最高傑作とするのに抵抗があるもう一つの大きな要因が、歌詞です。

本作の歌詞の殆どを手掛けたのがはっぴいえんど時代からの盟友、松本隆なんですけど、松本さんの詞世界がこのアルバムの世界観をかなり支配しているんです。

そもそもこのアルバムを大滝さんは松本さんと作ることを最初から決めていて、丁度その時仲の良かった妹さんが亡くなられたので、松本さんが作詞ができなくなってしまうという時期があったんです。

しかし制作のスケジュールを送らせて松本さんの歌詞を待っていたというエピソードがあって、そのぐらい歌詞を松本さんに任せるということに拘っていたみたいなんですね。

ですので、大滝詠一最高傑作というよりは、松本隆と大滝詠一がタッグを組んで作り上げた傑作というほうがしっくり来るんです。

それでは以上のことを念頭において具体的に一曲一曲中身を見ていきたいと思います。

1. 君は天然色

オーケストラがピアノの音に合わせてチューニングする様子から始まるオープニング曲。

最初から分厚いゴージャスな音の壁に圧倒されます。

これは大滝さんがずっと敬愛していたアメリカのプロデューサー、フィル・スペクターが作り上げた分厚いサウンド、ウォール・オブ・サウンドを意識したもの。

爽快感のあるスケールの大きなサウンドだけど、別れた恋人に対する未練を歌った曲なんですよね。

恋人だった彼女が放っていた輝きが、まるで音に反映されているような素晴らしい音作りで聴くものを魅了する名曲です。

2. Velvet Motel

モーテルに泊まった倦怠期のカップルを描いた、エレガントだが悲しいポップソング。

すっと聞き逃すとわかんないですけどギターとオルガン、とシンセサイザーで作られたエレガントで切れのよいバックのサウンドが面白いです。

サビの部分で女性ボーカルが入ってきて、一音ずつ交互に歌っていくなど、実験的なこともやっているんですね。

すれ違う男女の状態をよく表していて効果的なので実験的に聞こえないんですね。

3. カナリア諸島にて

本作で最も完成度が高く文学的な歌詞の曲かと。

松本さんの作詞の最高傑作の一つだとおもいます。リゾートソング、夏ソングとしてもほぼ完璧な作りだと思います。

とくに

薄く切ったオレンジをアイスティーに浮かべて

海に向いたテラスでペンだけ滑らす

夏の影が砂浜を急ぎ足に横切ると

生きる事も爽やかに視えてくるから不思議だ

この最初のAメロ部分。

リゾートでのひと時をまるで自分が体験しているかのような優雅な情景がリアルに目に浮かんできます。

オーケストラを上品にフィーチャーした音作りも優雅でなおかつ親しみやすさを失っていない理想的なバランスを保っているかと。

この曲の印象があまりにもアルバムジャケットとマッチしているため、このアルバム自体が完璧な爽やかなリゾートサウンド全開のような印象を持ってしまっている方は、実は多いんじゃないでしょうか。

印象的なジャケットデザインはイラストレーターの永井博。

そして有名なキャッチコピーが、

「BREEZEが心の中を通り抜ける」

爽快感を感じる素晴らしいキャッチコピーですね。

永井さんのこのジャケットデザインとそしてキャッチコピーは「カナリア諸島にて」には完璧にマッチしています。

先ほど言ったように、これらのおかげで夏のアルバムっていうと真っ先にコレを思い浮かべた方も多いかと思います。

過去に筆者も夏のおすすめアルバムに本作を推してしまいました。

しかしですね、自分でそんな記事を書いておいてなんですが、改めて全体を聴いてみるとアルバムジャケットやキャッチコピーのような爽やかな曲ばかりじゃないんですね。

寧ろ歌詞をちゃんと聴くと、暗い内容の曲のほうが多い。

昔仲間とドライブした時にずっと本作をずっと流してて、確かに名盤なんだけど思ったより爽快感なくて不思議だねなんて話してたことを今回思い出したんですけど、その理由が今回わかった気がします。

アルバムジャケットとキャッチコピーに騙されがちですが、実は歌のテーマは悲恋や失恋、実らぬ片想いや倦怠期の恋人たち、そして離別などが歌いこまれたアルバムなんです。

それなのに、爽やかなアルバムとして、こんなアルバムが何十年も日本人の心の中の上位に君臨しているというのは、人々があんまり歌詞なんて気にしちゃいないということの裏返しなのかもしれないですね。

僕もずっと騙されていましたし。

4. Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語

このアルバムで唯一、大滝詠一本人による作詞曲。

明るく一見能天気な曲調で楽しい歌なのかなと思わせつつも、ハッピーなのは最初だけで、奔放で魅力的な恋人に最後は振れらてしまい、復縁を迫るというなかなか悲しい内容。

サウンドとは裏腹に、もの悲しいストーリー展開は、前の曲で話した「思ったよりも爽快感がない」ということにつながっているかと。

イントロからPap-Pi-Doo-Bi-Doo-Baというスキャットを模したようなサウンドが面白い一曲ですが、これはマリリンモンローを連想させます。

奔放な恋人のイメージにもあっています。

タイトルになっているPap-Pi-Doo-Bi-Doo-Baを直接歌わずにシンセで歌わせているのが面白いですね。キメの部分ではドゥワップ調。

内容的には悲しい結末なんですけど、話の運びが大滝さんらしいコミカルな作りになっていて、曲調も相まって、ほかの曲に比べるとあまり悲壮感がないんですね。

このユーモアの精神が大滝詠一というミュージシャンの大きな魅力で、本作は作詞を松本さんにこの曲意外すべて任せているだけあって、全体的にユーモアの要素が少ないんですよ。

他のアーティストだったらそれでもかまわないんですけど、大滝さんだとどうしても自分はそういうコミカルで楽しい要素が少ないと寂しいんですね。

そもそも大滝さんはダジャレとかパロディが大好きな人で、これまでのアルバムでは適当な名前をでっち上げて変名で自分のアルバムにライナーノーツを書いていたりして、そういう笑いやパロディ精神にあふれている方なんです。

ところが、本作では作詞の一人によって歌詞面での遊びが封じられてしまっているんですね。

作曲、アレンジではそういったパロディの精神は本作でも十分に発揮されているんだけれども、どうも真顔でやっているというか笑いの要素は少なめなんですよね。

それはやっぱりアルバムのコンセプトもそうだけど、松本さんの作詞のシリアスさの影響が音にも影を落としているのかなと思います。

5. 我が心のピンボール

エレキギターをフィーチャーした、本作では少しロックよりのアレンジの一曲。

歌い方もほかの曲のようにきれいに聴かせるのではなく、ドスを聴かせて、リズムやアタック感を強調したロック的にエモーショナルな歌い方になってます。

このリズムやアタック音を重視した歌い方って、はっぴいえんど時代の「颱風」とか、1975年に発表されたセカンドアルバム『NIAGARA MOON』では十分に発揮されていて、ものすごく魅力的なんです。かっこいいんですよ。

それが本作ではこの曲しか発揮されていない。

歌手大滝詠一の大きな魅力の一つだったので、非常にもったいないと思ってしまいますね。

本人の歌い方がもう全然今までのロック的、ソウル的な歌唱から、スタンダードポップみたいな歌唱になっていますからね。

アルバムのコンセプトを考えると、ロック的ソウル的な熱くてザラザラした仕上がりより、昔のスタンダードポップのような、きれいで滑らかな歌唱のほうがあっているから全編そうしたんでしょうが。

そしてその仕上がりというのは実に美しくうっとりするような歌唱なので、こんな風に文句をいうのは筋違いかもしれないですけどね。

ということで、邦楽ロック名盤の括りで本作をよく見かけますが、全体としてはロックというよりは幾分かポップのくくりに入れたほうがしっくりくるアルバムですのでロック名盤と言われてもピンと来なかったりします。

プレイヤーの顔がよく見えるバンド的な演奏よりは匿名性を良しとするアレンジですし。

アレンジでグイグイ聴かせる感じでもなく、楽曲の持つ情感を引き立たせる様な、良くも悪くも「楽曲中心」のアレンジがなされたアルバムだと思いますね。

実は先に例としてだした『NIAGARA MOON』では、バンドの顔が見える、素晴らしい演奏が存分に堪能できる傑作でしたので、その楽しさと比べるとアレンジの面では本作は個人的には若干の物足りなさを感じてしまいます。

6. 雨のウェンズデイ

大滝節とでも言える様なメロディが炸裂する楽曲。

薬師丸ひろ子さんの「探偵物語」という曲があって、これも大瀧詠一作曲、松本隆作詞という本作のコンビによる楽曲なんですけど、雰囲気やメロディーラインが似てます。

こういう物悲しい曲も大滝さんの歌声に非常に似合うので自然と悲恋、失恋の歌が多くなるのかもしれません。

次作の『EACH TIME』は方向性としては本作に続く作風なんですけど、本作よりもさらに露骨に別れ、失恋、ノスタルジー、喪失や離別をテーマにした曲が多く収められていて、これまたアルバムジャケットは爽やかなデザインなんですけど、歌詞をよくよく読んでいくとみんな暗いという(笑)。

7. スピーチ・バルーン

落ち着いたバラード。

リバーブを効かせて、艶っぽい演奏で魅せるエレキギターがいい仕事をしています。

このギターは結構なアクセントになっていて、これががなかったら、イージーリスニングやラウンジミュージックみたいな軽さ、軽やかさがあるナンバーだったと思います。

ギターだけやたらエモいというか。

8. 恋するカレン

50年代のアメリカで実際にヒットしてそうな理想的なポップソングを追求して作ったというような趣を持つ、エバーグリーンな名曲。

歌詞の内容のアメリカっぽさも含めて、アレンジ、メロディ共にアメリカンポップスのクリシェを詰め込んだ様なアレンジはまさにど真ん中のオールディーズソングといえます。

本作のハイライトの一つのみならず、大滝さんのベストワークの一つだと思います。

恋が終わった瞬間を歌った悲しいラブソングで、何度も言ってるけど、こういう哀愁をまとった楽曲がやはり似合いますね。

舞台は学校かなにかのダンスパーティー。

こういうシチュエーションって日本ではあまりないし、カレンという名前も昔のアメリカ人の女性によくありそうな名前なので、サウンドだけでなく、歌詞もアメリカ的な要素を含んでいます。

最初聴いた時はカレンって酷いひとだなと、主人公の言い分を素直に受け入れて単純にそう思ってたんですけど、よくよく歌詞を見るとそうともいえないかもしれないですね。

主人公とカレンがどういう関係なのか今ひとつはっきりしないところがあります。

9. FUN X4

本作では珍しく、手放して明るい曲と言える一曲。

タイトルやコーラスの雰囲気はビーチボーイズから。

ビーチボーイズに「FUN FUN FUN」という曲があるので、本家が三つならこっちは四つだという事で「FUN X4」なんでしょうね。

10. さらばシベリア鉄道

タイトルの通り思いっきり冬の曲。

このアルバムは大滝さんのこれまでの作品の中ではユーモアに乏しいという話をしましたが、1番ユーモアを感じるのはこの曲が最後に入っているという事実ですかね。

多少の暗さはあるものの、ジャケットから楽曲群まで夏を意識したものが多い中、最後に思いっきり冬の曲をいれてくるあたり本人のユーモアのセンスを感じます(笑)。

サウンドも大袈裟なオーケストレーションとトレモロの効いたサーフロック調のギターサウンドが面白いです。

まとめ

今回振り返って見て見て、全編珠玉のメロディで捨て曲なしの名盤かと。

それだけのことはあって、リリース当時の80年代初頭では珍しかったミリオンセラーを叩き出しました。

邦楽アルバムランキングでも上位常連で、何度も再発されても売上が落ちない一枚でもあります。

しかし、なんか自分としては「なんでこんなに評価が高いんだろう。人気がありすぎてちょっと怖いな」と思うところがあるんですよね…。

よくよく歌詞を見てみると暗かったりするし、サウンドも古い1950年代や60年代のポップスを下敷きにした非常にマニアックなサウンドだし。

上手く言語化出来ないんですけど、聴いてるとどこか空虚さを感じることがありますし。

上手く説明できるようになったらまた本記事を更新してみたいとおもいます。

Apple MusicやSpoifyなどのサブスクリプションサービスいよいよ解禁され、大滝詠一入門として本作を聴き始める方も多いかと思います。

が、しかし前述した通り、大滝さんのアーティストとしてのすばらしさのほんの一部のみが表れているだけにすぎませんので、是非ほかのアルバムもチェックして、その芳醇な音世界に触れてほしいと思います。

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