リバーポートソング 第二十九話 上京してから初めての冬が、すぐそこまで来ていた。

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花田さんはいつもは僕が使っているジャズコーラスを使っていた。高岸はギターを持たずにキーボードの前にいた。

僕は何も言わずに高岸をじっと見た。

「この間対バンで一緒だったOne Trick Poniesの花田さんだ。お前もあのギター見たろ? 素晴らしかったから今日練習に来てもらった」

「ども」

花田さんが軽く挨拶をしたから僕も何か返したと思う。高岸に対しては何も言わなかった。事前に一言なんか欲しかった。

石崎さんをみると「おれもしらなかったんだよ」って困った顔をしてスティックをもったまま肩をすくめていた。石田さんは特に何かあったという風でもなく平然としていた。

僕は仕方がないからマーシャルのほうに自分のギターをつないだ。

花田さんが参加した効果は申し分なかった。彼の主張の強くてエキセントリックなギターはバンドの攻撃性を高めたし、何より彼はきちんと抑えるべきところは抑えてプレイをしていたため、ギターだけが目立つということも意外となかった。いくつかの身震いする様な瞬間が、思わず顔を見合わせてしまうような瞬間が、その時の練習には何度もあった。

しかし、バンド全体を見ると問題があった。完全に僕のパートが蛇足にしか聞こえなかったからだ。花田さんはすでにすとれいしーぷすの楽曲をモノにしていてそこにうまく自分の個性を乗せ、バンド全体をより格好良くしていた。それに対して僕のフレーズは高岸のギタープレイに合わせたものだったからいまや花田さんとのプレイに対してはチグハグな物になった。

花田さんは途中で帰った。もともとフルのバンドで合わせるという予定ではなかったし、石田さんと高岸と3人で試しになんかやってみるという事だったらしい。

彼が帰った後は、ライブの反省をしつつ、アレンジの手直しを中心に練習を進めていたが、誰もがさっきの練習に比べて物足りなさを感じていた。ついこの間まではこのメンバーで行くところまで行けるという手ごたえが確かにあったが、今では、花田さん抜きではすとれいしーぷすはもう前に進めないと誰もが感じていた。そしてその未来に僕の存在はなくても構わないものだった。誰も言わなかったがそれは誰にも明白だった。

 

僕はすとれいしーぷすを辞める事にした。

 

もともと自分があまり曲作りやアレンジに対して貢献できていないことが不満だった。そのせいで高岸からの自分は重要視されていないのが不満だった。一方、僕が一緒に本当にバンドをやりたかったのは高岸とだった。僕の方では彼とやる事を非常に重要視していたが、彼の方では僕の事はもはやどうでも良くなっているのがよくわかった。それがどうにも辛かった。

その日練習が終わった後に皆で食事に行き、僕は僕にしては珍しく精一杯笑顔を振りまいた。

その時はもちろん想像してなかったが、考えてみればこのメンバーでの最後の食事がこれだった。

話題の中心は花田さんに「どうやってバンドに入ってもらうか」だった。入るか入らないかの議論は全くなかった。

石崎さんにだけは事前に電話して脱退する事を伝えた。石崎さんと会いづらくなるのは僕としても残念だった。

高岸にはメールで簡潔に辞めるとだけ伝えた。文面は覚えてないが、特に引き止められはしなかった。Katie’s Been Goneの時はほぼ毎日連絡を取り合って、僕たちは頻繁にあっていたし、音楽だけでなく様々な話をした。それはまるで夢のような日々だった。つい、二、三か月前の話だった。まさにそれが夢だったかのように彼の返事はそっけないものだった。

石田さんには特になにも連絡しなかったと思う。もともとあの人は僕にあまり関心がないものと思い込んでいたのもあった。

こうして僕はあっさりと、すとれいしーぷすを辞めてしまった。

大学生活の間に、いくつか後々までずっと後悔するような誤った判断を僕は何回かしてきた。しかし、すとれいしーぷすを離れたことに関しては今でもまったく後悔していない。

もうじき11月になろうとしていた。上京してから初めての冬が、すぐそこまで来ていた。

第一部「すとれいしーぷす」編 完

第二部に続く

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