リバーポートソング 第九話 気が付くとそこはサンクトペテルブルクではなく仙台で午後3時過ぎだった。

【第八話はここから】

【あらすじと今までのお話一覧】

 テストやレポート群も無事終わり、大学生活で初めての夏休みになって、八月になった。その間高岸に何度か学内で会って※①ディスク・ユニオンの話をして今度ディスク・ユニオンの各地の店舗を二人で全制覇しようという話になった。そして僕が石崎さんと出かけた様に高岸も石田さんと集まって曲作りや意見交換をしていたみたいだった。彼は石崎さんと石田さんが付き合ってない事も知っていた。
 三回目の練習の日がやってきた。この日の練習は前回とは比べ物にならないほど充実していた。まだまだ課題は残るもののバンドとして目指すべき方向性が見えていたため、修正が容易だったから、暗中模索感は大分緩和された。それに何より高岸と石田さんが共作で作ってきた新曲が素晴らしかった。ロキシー・ミュージックからの影響を隠さない、アップテンポな曲で、おそらくこれは二人のボーカリストの声質によるところも大きいと思うが、ロキシーよりかは幾分かポップでとっつきやすさのある曲だった。歌詞はシュールでファンタジックな内容で主に石田さんがイメージを書き出して、高岸が細部を修正していったらしい。本人達曰く「自分でも何のことを歌っているのかはさっぱりわからない」らしいが独特の世界観を聴くものに印象づける一曲だった。この曲の一番素晴らしい所は二人のボーカルとコーラスで、AメロBメロを交互に歌う構成のメリハリの良さと、サビで二人が合唱するのだが、言葉数の多い疾走感のあるメロディーを息ぴったりに合わせてくるところなどは鳥肌ものだった。最終的にはそれに僕と石崎さんのハモリも時折加わって更に強力になり、仕上がりはビートルズのコーラスワークとロキシーの変態性を兼ね備えた※②スペシャルズ、またはレピッシュみたいになった。それはKatie’sは当然のこと、エーテルワイズの一番いい曲をも軽くなぎ倒せるぐらいのインパクトを持った曲で全員が手応えを感じていた。しかしながら結局僕のパートのギターのフレーズはほぼ高岸が考え出したもので、僕はまたバンドへの貢献をあまり感じることが出来ずにいた。この曲はその場で※③「Fresh!」というタイトルになり、その日の練習は結局その「Fresh!」を追い込んでいくのと前回やったエーテルワイズの曲を話し合って決めた方向性でアレンジし直すことに終始した。その結果エーテルワイズ時代の曲も一曲だけは新体制で物に出来そうだった。練習終わりにまたいつものファミレスに入り、このまま石田高岸の共作で何曲か新曲を作り、合宿で集中的にアレンジを練ろうという話になった。更にそれぞれが宿題として聴いて来た音源の感想や分析の結果を披露して、前回作ったバンドの指針、各パートの目指すべき方向性をより具体的にしていった。ただもちろん全てガチガチにこの指針に従わなくてはいけないというわけでは無い。あくまでも目安で、余地や可能性は残しておこうという事は再度確認した。
 練習の振り返りが済むと僕らは来るべき合宿の話をした。合宿には僕ら「すとれいしーぷす」の他に「メソポタミア文明ズ」という変な名前のバンドも参加するという。メソポタミア文明ズは石田さんと石崎さんの大学の同じ軽音サークルの三年生である藤田というベーシストが中心になって結成し、ファンクやソウルなどのブラック・ミュージックのコピーをやって、たまにオリジナルも作るという四人組のバンドだった。持ち物や宿泊費用の確認をして、当日は朝八時に高田馬場で僕と高岸を拾ってくれるという事だった。車は石崎さんが地元から前日に持ってくるという。合宿までに各々練習や曲を書いてくるという事を約束し、その日はお開きとなった。というわけでその日の練習は大満足に終わり、僕はもう青森への帰郷の事を考えていた。最初は※④新幹線で八戸まで行き、そこから在来線で実家に帰るつもりだったが、合宿などの出費の事を考えると新幹線で帰るという贅沢も言っていられない。夜行バスで帰る事も考えたが※⑤「青春18きっぷ」で帰るのが一番安いという結論に達した。そしてただ鈍行で帰るのは面白く無いので途中で仙台に寄って観光してやれと思い立った。
 仙台には、六十年代、七十年代の古典的なロックばかり聴いていた僕に九十年代や最近のバンドのCDを色々貸して教えてくれた佐々木という友達がいた。くるりやグレイプバイン などの日本のバンドも彼から教えてもらった。その佐々木に久しぶりに連絡をとって、もしまだ実家に帰って無いのなら仙台で遊べないかと話したら、二、三日仙台で泊まって、一緒にバイクで青森まで帰ろうという思いがけない話になった。早速次の日に仙台に向かうことになり、荷造りを始めた。荷造りといっても大したことは無く、三日分の着替えと服や雑貨、※⑥文庫本二冊とCDプレイヤーをリュックサックに詰めるだけだ。問題はCDである。CDをそのままケースに入れて持っていくとかさばるので当然CDファイルケースに入れていくのだが、僕が当時使っていたのはタワレコでおまけかなんかでもらったやつで十枚ぐらいしか入らなかった。という事で十枚で長い鈍行列車の旅の往復と帰省中の間の音楽を賄わなくてはならない。長考の結果、下記のCDを持っていくことにした。

・『GOLDEN BEST』井上陽水(二枚組)
・(The Best of )New Order
The Stone Roses / The Stone Roses
・『シングルス』フリッパーズ・ギター
・The Greatest / Duran Duran 
・The Single Collection/ David Bowie (二枚組)
・blur : the best of
・『Best Sky』サニーデイ・サービス

 経験上こういう時はベストアルバムが役に立つからベストアルバムばかりになってしまった。なんだかんだでいい曲が沢山入っていて収録時間が長いベストアルバムは長時間の移動に最適だ。そうそう意外と大事なのはCDプレイヤーの替えの電池である。ということで駅前の百円ショップで単四電池と電車で飲むためのお茶と朝食用のおにぎりとゼリーを買った。だらだらと過ごして一時ぐらいに寝て、五時に起き、始発電車で仙台へと向かった。イヤホンからはサニーデイ・サービスが流れていた。東京から仙台に鈍行列車で行くには主に、二つのルートある。まずは上野から素直に常磐線にずっと乗って仙台まで行くパターン、そしてもう一つは宇都宮線、東北本線を通って行くパターンだ。※⑦僕は鈍行列車の旅初心者だったので前者の乗り換えの少ない簡単なルートを選んだ。
 上野駅はもちろん何度か行った事があったが、常磐線に乗り込むのは初めてだったのでやはりワクワクした。※⑧ボックスシートに座りニューオーダーのベストをかけながら※⑨ケルアックの『路上』を読み始める。進むごとに車内の人気がまばらになっていき、ついに僕のボックスシートは僕1人になったので前日買っていたおにぎりをつかんだ。小説にも飽きてきたので暫く車窓の景色を眺めて過ごしてるうちにまた人が多くなってきて茨城県の水戸駅に着いた。水戸は日本三大名園の偕楽園があり車窓からちらりとその様子が見えた。乗り換えの時間が五分しかなかったので急いで向かいに来ていた電車に乗り込む。車内はそこそこ混んでいて座れなかったが、ずっと座っていたので立っているのも悪くなかった。そのうちにまた人が段々と減ってきて僕はまた座った。盲点だったがずっと車内にいると空調が効きすぎていて多少肌寒かった。帰りは実家でカーディガンか何かを持って帰ろうと思った。
 ちょうどお昼になったころに福島県のいわき駅についた。三十分ほど乗り継ぎの時間があったので改札から出て昼飯を買って少しいわき駅周辺を探索した。といっても駅前のロータリーを少しみたぐらいだった。出発時刻ギリギリに次の電車に乗り込んで、今度は持ってきたもう一つの小説、※⑩ドストエフスキーの『罪と罰』を読み始めた。中学生の時、夏休みに何か文学大作を読んでやろうと挑戦したが、その時は全く面白くなくてすぐに読むのをやめてしまった一冊だ。ところが昔面白くないと感じたのが不思議なぐらいに僕は小説にのめりこみ、しばし時を忘れた。気が付くと終点の原ノ町についていて、ここでは乗り換えが十五分ぐらいあったので売店でスナック類を買って、次の電車に乗り込んだ。これにこのまま乗っていけば仙台につく。結局次の電車の中でも僕は『罪と罰』を読み続け、気が付くとそこはサンクトペテルブルクではなく仙台で午後三時過ぎだった。
 佐々木君との待ち合わせは七時で仙台駅前だったのでまだ三時間以上も時間がある。音楽マニアが新しい街に降り立って最初にすることはCD屋に行くことである(少なくてもこの時代は)。僕は駅前のヴァージンメガストアを物色し、この間TSUTAYAで借りたプリファブ・スプラウトのベスト盤が輸入盤で安かったので買った。このアルバムは多くのCDを手放した現在でもまだ家にある一枚で、何度聴いたかもわからない。歌詞カードもボロボロで間違いなく人生で一番聴いた。近かったのでタワーレコードとブックオフに行った。タワレコでは特に欲しいものもなく、ブックオフで二、三枚中古のCDを買った。何を買ったかは覚えていない。小沢健二の『ライフ』とマニック・ストリート・プリーチャーズの1stだった気がする。少し時間が余ったので喫茶店で『罪と罰』を読みながら時間を潰して友を待つ。ストーンズのベストも持ってくればよかった。
「悪りぃ悪りぃさっきバイト終わってさ」と佐々木君は軽いノリでやってきた。「お前、髪、茶髪じゃん。てか伸びたね」「ん。言ってなかったっけ。染めた」
 佐々木君は高校の時は科学部で髪も短くて結構真面目なタイプだったからびっくりした。それにバイクを買ったのも意外だった。実は高校にいるときから教習所に通って免許だけはとっており、大学合格のお祝いとして多少の援助もあり、バイトでためた金をあわせて晴れてバイクを手に入れたという。早速その自慢のホンダのバイクで牛タンの店に連れて行ってくれ、積もる話はそこでした。佐々木君の下宿に行って、今度は彼の※⑪CDの棚を肴に音楽話をして、お互い疲れていたのでその日は結構早めに眠りについた。
 朝、佐々木君がコーヒーを淹れる音で目が覚めた。好みを聞かれたから砂糖多めのミルクコーヒーにしてもらった。「来いよ」誘われてマグカップを持ちながらベランダにでると仙台の街並みが一望できた。仙台は複雑な地形で丘陵地が多く、佐々木君の下宿もそんな高台の上に立っていた。街の真ん中を広瀬川が貫いていてそれがこの街に他にはない特徴を与えている。二人でコーヒーを飲みながらしばらく仙台の街を見ていた。今日は佐々木君はフリーで、明日昼にバイトが終わったらその日の夜に仙台を発つことになっていた。トーストを食べて少し家でだらだらした後バイクで※⑫松島に行くことになった。小学生の頃修学旅行で行ったきりだった。
 次の日、佐々木君がバイトに言っている間、僕は商店街を探索してHMVと新星堂にいき、佐々木君おすすめのラーメン屋でラーメンを食べた。バイトが終わると合流して、早めの夕飯をファミレスでとり、佐々木君の下宿で三時間ぐらい仮眠して仙台を出発した。日中は暑いのと道が混んでいるから夏バイクで長時間移動するときは夜に限るというのが佐々木君の持論だった。調べたところ大体八時間ぐらいかかるらしいが、道がすいていればもっと早いかもしれないとのことだった。
 旅の始まりというのはどうしてこんなにもわくわくしてしまうんだろうか。佐々木君のバイクにまたがってエンジンの鼓動を感じた時、月並みだが自分の胸も高鳴っていると思った。そしてバイクは出発し、夜の国道の闇の中に吸い込まれていった。
 仙台から青森までのルートは実に単純だ。国道四号線をただひたすら進んで行けばいい。夜がふけていくにつれ車通りはほとんどなくなり、世界は我々二人だけみたいになった。佐々木君は信号で止まる旅にこっちを振り返って僕がちゃんと乗っているか確認してくれたり、話しかけてくれたりする。「大丈夫だとはわかってるんだけどさ、時々不安になるんだよな」と話していた。バイクで二人乗りするときは運転者に捕まるか、座席についているベルトをつかむのだが、僕はそのベルトをつかんでいたので心配になるのもわかる気がする。岩手県に入ってしばらくすると、トイレ休憩もかねてガソリンをいれることになった。佐々木君はいいと言ってくれたがガソリン代は僕がだした。何度か休憩をはさみ、長かった岩手県を抜け、青森県に突入したところで空が白んできて周りの景色がだんだんと見えるようになってきた。それはなんとも形容しがたい美しさだった。バイクで旅行するのは当然初めてだったが、高速で風に身をゆだねることがこんなに気持ちいいことだとは思わなかったし、車での移動では到底味わうことのできない景色の変化とパノラマに僕は完全に魅了された。これは佐々木君が夢中になるのも無理はない。音楽を聴きながら走れないのが残念だが、そんな些細なことはどうでもよいとさえ思えた。後ろに座っている僕ですらそう思うのだから、運転している佐々木君にはもっと素晴らしい景色が見えているのかもしれない。この体験以降バイクが登場する曲や映画のシーンの感じ方がかなり変化した気がする。
 青森の市街地に近づくとそんな新鮮さは大分薄れてきて、二人とも疲れと眠気が濃厚になり始めた。佐々木君はありがたいことに僕の実家まで送り届けてくれた。ただ後ろに乗っているだけなのにくたくたになっていた。佐々木君はずっと運転していたからもっとだろう。お互い会話する体力もあんまり残っていなかったが、泊めてもらったのとバイクで送ってくれたお礼を僕は精一杯伝えた。佐々木君は「一人で帰るより楽しいし心細くなかったからいいよ」と笑ってくれた。「それにガソリン代もってもらったしね」
 去っていく佐々木君の後ろ姿を見送ったあと、玄関のチャイムを鳴らした。その日に帰るとはいっていたが事前に時刻を言っていなかったので両親はびっくりしながらも僕を迎えてくれた。シャワーを浴びてから、上京したその日のままになっている自分のベッドに倒れこむようにして眠った。

第十話に続く

※①ディスク・ユニオンとの出会い以来、音楽の仕入れ先に中古CD屋も加わった。タワーレコード、HMV、新星堂、TSUTAYA(主にレンタル)、その他CD屋に加えて、ディスク・ユニオン、レコ・ファン、ブック・オフなどの中古チェーン店が加わったわけだ。

※②ザ・スペシャルズは70年代後半から活躍するイギリスのバンドでスカにパンクの要素を取り入れたバンドである。レピッシュもスカとパンクをミックスした様な音楽性の日本のバンドでとても格好がよい。

※③スライ&ザ・ファミリー・ストーンのアルバムから来たわけではないらしい。タイトルの経緯は忘れてしまった。

※④当時は青森駅まで新幹線は通っておらず、八戸までであった。

※⑤青春18きっぷはJRが発行している旅客切符で使用するとJRの特急や新幹線などの特別車両を除いて1日乗り放題になる。5日分で11,500円(当時)と1日2千円ちょっとでJRが乗り放題の大変お得な切符。もちろん18歳でなくても使える。

※⑥ジャック・ケルアックの『路上』(原題:On the Road)とドストエフスキー『罪と罰』の上巻。

※⑦何回か同じような旅を続けて、僕は乗り換えが多いルートの方が気分的には楽だし適度に緊張感があって良いということを発見した。

※⑧クロスシートというのが一般的か。2人がけの座席が向かい合うタイプのシート。都心の私鉄や地下鉄で一般的な横一列の長い座席をロングシートという。

※⑨ジャック・ケルアック『路上』(On the Road)。1957年に出版されたビートを代表する文学作品で、60年代のカウンター・カルチャー、ヒッピームーブメントに多大な影響をもたらした。ディランやドアーズのジム・モリソンなど、ミュージシャンにも多く影響を与えた名作。

※⑩ドストエフスキー『罪と罰』。1866年に連載が開始されたロシア文学の古典にして世界の文学史でも最重要といっても過言ではない名作。確かに長いけど『カラマーゾフの兄弟』よりは断然読みやすいと思う。

※⑪佐々木君のCDコレクションは青森時代よりも減っていてあんまり新しいものも増えていなかった。かわりに流行りのJ-popなど以前の彼なら絶対に聴かない物もあった。聞くとこっちでできた彼女の影響らしい。僕がかしてもらったバイクのヘルメットも本当は彼女の為に買ったものということだった。

※⑫松島は日本三景の一つで、大小様々な島が松島湾に浮かんでいる絶景が楽しめる観光地。仙台に行くことがあったら是非寄って欲しい。観光船に乗ることをおすすめします。

第十話に続く

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