Mr. Children『DISCOVERY』

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今回はMr. Childrenの活動休止からの復帰作、1999年に発表された7枚目のオリジナルアルバム『DISCOVERY』について解説、解釈していきたいと思います。

ミスチルは大ヒットした六枚目の『BOLERO』発表後に一年間の活動休止を発表。

その間に作曲とボーカルを担当する中心メンバーの桜井和寿の私生活の変化とかもあったりして「もう活動復活せずに解散してしまうんじゃないか」という不安を抱いてたファンも結構いたと思うんですよね。

僕も、当時はまだ子供だったんですけどミスチル好きで、クラスのミスチル好きな男の子とかと解散説について話してたりしてました。

そんなムードもある中で発表された待望の復帰アルバム『DISCOVERY』はどんな作品だったんでしょうか。

結論からいうと、(ミスチルでは)今までになかった構造的に挑戦的な曲と、今までの延長線上にある曲を並列させた結果、得意なことと不得意なことが浮き彫りになったアルバム、だと思っています。

それでは一曲ずつ見ていきたいと思います。

1. DISCOVERY

タイトルトラック。4枚目のアトミックハート以降1曲目はインストの導入的な曲が多かったんですけど、久々に普通の尺の曲で始まります。

しかしこの曲、実はミスチルっぽくない曲なんですよね。

ミスチルの曲は、Aメロ、Bメロ、サビっていう展開をきっちり踏襲する曲が多い。

対して洋楽ってBメロとかがなくて、ヴァース(Aメロ)とコーラス(サビ)っていうシンプルな展開が割と一般的で。

この曲はそんな通常運転のミスチルよりも洋楽の一般的なスタイルよりもっとシンプルな構成で、サビとかも特に無くて、メロディの塊が一つあってそれをくりかえす構成なんです。

フォークソングとかに結構ある構成なんですけど、ミスチルでは非常に珍しい建付け。

構成も珍しいし、歪んだエレキギターがメインのロック的な曲調、ほとんどバンドだけで固められた楽曲のアレンジで、つまり、いつもの歌中心のものではなく、バンドアンサンブルで展開させて聴かせていく構造になってます。

で、アレンジなんですけどこれはレディオヘッド(90年代から活躍しているイギリスのロックバンド。高い芸術性と先進的なサウンドを保ちつつもセールスでも成功を納める稀有なバンド)の影響が非常につよいんです。

この時代の邦楽ロック界隈はレディオヘッドの影響を受けた作品がちらほらありまして、実は本作もそのうちの一枚。

そしてこの曲は、ベースギターの、合間合間に休符の多いフレージングとか、ドラムのブレイクビーツ的なパターンとかが、レディオヘッドの名盤『OKコンピューター』OK Computer 1997年)の一曲目、「エア・バッグ」に似ています。

ただ、この洋楽的なバンドアレンジ主体で、いわゆる非J-POP的な楽曲構成が上手くミスチルにフィットしているか、と言うと残念ながら、そうでもないと思うんですよね。

「エア・バッグ」の方はヒップホップ的な要素のみならず、シューゲイザー的、ドリームポップ的な空間処理だったり、クラシックの要素だったり、様々な要素を放り込んで、カオティックなサウンドを形成しつつも不思議と統一感のある凄い曲で、 「DISCOVERY」はそれに比べるとややのっぺりとしていて単調と言わざるを得ないです。

比べる必要も無いと言えば無いんですけど…。

レディオヘッドが、一応トム・ヨークという核となる存在はいるんだけど、それぞれのメンバーが各自自分のサウンドを追及して皆で音を作りあげていっているのに対して、ミスチルはやっぱり桜井和寿の楽曲が核になって、それをどう調理していくかだから、※①歌が主体ではない曲だとちょっと弱いんですよね。

まあ本人たちも、一つの曲として聴いてほしいというよりは、今までのアルバムにあったイントロダクション的なインスト曲と同じような意味あい、導入としてこの曲をアルバムの頭にもってきたのかもしれません。

「DISCOVERY」 は「発見」または「発見されたもの」という意味の名詞で、つまりこの曲はミスチルが休止活動を経て、改めてこのバンドで見出したもの、発見した表現をこれから見せていく、というアルバム全体での宣言ともとれるわけです。

そしてその曲自体で今までにないスタイルを見せているというわけです。

2. 光の射す方へ 

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16thシングル。「マシンガンをぶっ放せ」、前々作にあたる5枚目のアルバム『深海』路線のフォークロック調の曲。

ただ、アナログ路線だった『深海』と違って打ち込みのドラムサウンドが入ってきたりして、デジタル的な音作りとフォーク的なものが合わさっています。

これは実は前作『BOLERO』に収められたシングル意外の新曲の特徴でもあるし、これより前にでた復帰一作目の「ニシエヒガシエ」にもあてはまります。

この曲は「ニシエヒガシエ」よりもフォークロック的で、歌詞のテーマも「マシンガンをぶっ放せ」に似通ってます。

混沌とした現代社会の中にもまれながらも、なんとか希望を見出してやっていこう、みたいなそんなテーマなんですね。

ただ、「マシンガンをぶっ放せ」がかなり突き放したニヒリスティックな作風なのに対して「光の射す方へ」のほうがユーモラスだし、私小説的です。

まあ私小説的な分、どこまで本当のエピソードなのかちょっとひやひやしますけど。

この曲は、サビ部分でキーが高すぎでだいぶ声の線が細くなってしまって、迫力不足なのとキンキンするのが残念なんですよね…。

声がキンキンするからミスチル苦手という人が一定数いますが、それも仕方ないかなと思ってしまいます。

もう少し声の調子がいい時に録音するか『Atomic Heart』の時みたいにボーカルパートを重ねて厚みを出せばよかったのかもしれないですね。

ただそうするとフォークっぽさが半減しちゃうので難しいところなんですけど。

いい曲なだけにちょっと勿体ないと思います。

3. Prism

 15thシングル「終わりなき旅」カップリング曲。

この曲にもレディオヘッドの影響が如実に表れてますね。

Aメロ部分のドラムのパターンとギターが同じく『OKコンピューター』の「レット・ダウン」という曲に似てるんですよ。

パクりとかそういう事を言いたい訳ではなくて、ミスチルも同時代の洋楽から影響を受けてきたバンドだっていう事なんですよね。

レディオヘッドも様々なミュージシャンの影響や引用でその表現にたどり着いたわけですし。

ミスチルの中でもこのアルバム好きな人で、まだレディオヘッド聴いたことないって方は聴いてみてほしいです。

さて、その引用の効果の程ですが、やっぱりこのような新規軸も次作の『Q』に比べるとまだこなれてない感じがします。引用もストレート過ぎるというか。

ところが一曲目の「DISCOVERY」よりも歌メインの楽曲のため、彼ら自身の持ち味はこちらの方が発揮されてます。

さて、歌詞ですけどthe pillows山中さわおに捧げられた曲と言われています。

2つのバンドは仲が良いらしく、2006年には『Mr.Children & the pillows new big bang tour~This Is Hybrid Innocent~』というジョイントツアーもやっていました。

the Pillowsって最初は当時の売れ線のギターポップみたいな音楽を無理やりやらされてて、それでも鳴かず飛ばずだったんです。

契約を切られる前に最後に好きなことやろうって言ってオルタナティブロック的なサウンドをならした『Please Mr.Lostman』(1997年)で評価を確立させ、ロックファンに受け入れられ始めたっていうバンドでして、このアルバム発売当時の1999年は the pillowsって自分たちのやりたいサウンドを追求して評価も人気もあったバンドだったんですよね。

対してミスチルは自分の趣味を全開にした音楽をやるにはちょっと大きくなりすぎたバンドでもあるんで、そういう活動ができている the pillows についてちょっと羨ましいなっていう気持ちもあり、そういう思いもこの曲にはこめられているんじゃないかなと思います。 

4. アンダーシャツ

ホーンセクションを導入し、カッティングギターをフィーチャーしたミスチル流ファンクナンバー

この曲も一曲目のディスカバリーと同じでグッドメロディや曲の構成力の力でグイグイ押していくというよりはアレンジ主体で、 今までのミスチルではあまりないタイプの曲。

しかし、やはり前述した通り、ミスチルの最大の強みは桜井和寿の作る複雑な構造と強力なメロディを持つ楽曲だと思うんですよね。

そういう部分を重点的に鍛えてきたバンドではないので、どうしてもこういうアレンジとリズムが主体の曲だとちょっと洋楽とかに比べるとパワー不足感が否めないです。

しかしそんな弱点も歌詞のパワフルさ、がむしゃらさで乗り切っているのがこの曲も面白いところなんですよ。

この歌の中に出てくる真っ白なアンダーシャツっていうのは両義的な意味合いがあって、まっさらだからこそいろいろなものに手を付けて色を付けることがあるというポジティブな要素と、自分はなにもない空っぽであるというようなネガティブな要素があるんですよね。

だからこの歌詞にあるように片っ端からいろいろなジャンルの音楽に手を出してみたり、がむしゃらにいろんなスポーツで汗を流したり、というような行動にでるんですね。

そういう現代人のある種の生態、病理みたいなものを、歌い手である自分もその対象として批判的に、同時に肯定的に描いています。

5. ニシエヒガシエ

復帰第一弾のシングル。4枚目の『Atomic Heart』でデジタル化して5枚目の『深海』でアコースティックな方向に振れていって、前作『BOLERO』では「デジタルなサウンドとアナログなサウンドを融合させつつもロックバンド的なとんがったミスチル」をみせつけてきたわけなんですけど、この曲もデジタルとアナログの双方の良いところを取り入れたようなサウンドになっています。

打ち込みのリズムセクションとコンピューターサウンドから始まってそれからアコースティックギターとエレキの歪、生ドラムが入ってきて、そういう組み合わせになっています。

アコースティックギターのスライド双方によるカントリーっぽいギターソロも挿入されていたりして、なかなか面白いバランスの曲です。

個人的な思い出を話すと、ミスチルで初めてリアルタイムで聴いてた曲なんですよ。

ミスチル好きになった頃には活動休止してたんで復帰作第1弾ということで当日結構ワクワクして買いに行って、思ったよりもドギツイロックソングだったのにびっくりしましたね。

プロモーションビデオも全く本人達が登場しないし、子供ながらに本当に本格始動するか心配でした。

解散するなんて、噂もありましたしね。

プロモーションビデオも歌詞同様、皮肉の効いた内容で好きでしたね。

ニューオーダーの「Touched By The Hand Of God」とか、レッチリの「Dani California」とか、割とよくあるパターンではあるんですけど、色々なジャンルのバンドが演奏を繰り広げてるプロモです。

その上記の2作とは違ってミスチルの方には本人たちは出てこないんですけどね。

シングル盤には『ニシエヒガシエ』のU.N.K.L.E.藤井丈司によるリミックスがそれぞれ収録されているんですけど、これが結構カッコいいんです。

というか原曲より好きな人は多いんじゃないですかね。

シングルB面集で隠しトラックとして聴けますので興味ある人はTSUTAYAとかで借りてみてください。

6. Simple

アコースティック・ギターやピアノをアレンジの主体とした落ち着いたアレンジのラブソング。

歌詞の内容からか「365日」「抱きしめたい」とならんで結婚式などで使われやすいミスチルソングの一つ。

アルバムの流れの中でみますと、かなりギスギスしたムードの「ニシエヒガシエ」の後に配置されてて、アルバムの緊張感を和らげる様な構成になってます。

ずっと「ニシエヒガシエ」みたいな曲が続いてもしんどいからという配慮からかもしれないですね。

ユーザーフレンドリーな作りだと思います笑。

まぁこれだけテイストの違う楽曲を作れるというのもミスチルの大きな強みですよね。

意外と見落とされがちな凄いところなんですよ。

という事で「ニシエヒガシエ」とは真逆の落ち着いた楽曲で、タイトル通り、アレンジも曲構成もミスチルにしてはシンプルでストレートなラブソングなんですけど、イントロではさりげなくとんでもないことを言ってます。

マイナス思考で悩みまくった結果

この命さえも無意味だと思う日があるけど

まぁ単純に「世の中ほんとクソだよね。人の人生なんて無価値だよ」という身も蓋もない事を最初にいっちゃってるんですね。

「マシンガンをぶっ放せ」の「残念ですが僕が生きていることに意味はない」と同じです。

ストレートなラブソングなのにこういう毒や日常に潜んでいる憂鬱、をさりげなく盛り込んで来るんですよね。

そのことによってラブソングなんだけど甘すぎない様になってるし、ときには絶望的に感じられる世の中で君は救いだみたいな話にもなってくるんですよ。

しかし、やはりこういうストレートなラブソングを作らせたらめちゃくちゃ上手いというか、得意なんでしょうね。

後にミスチルがこういう路線をメインにしていくのも致し方なし、というかやはり必然だったのだと思います。

7. I’ll be

本作のハイライトの一つで、死を思いながらどう生きていくか、どう生きるべきか問いかけていく、という壮大なテーマで9分を越える大作。

この曲にはいくつか違うアレンジがあって、アップテンポの短いバージョンが本作発表後にシングルカットされました。

さて、なかなか壮大なテーマの曲で、ミスチルの代表曲の一つでもあり、曲そのものは名曲だと思っています。

しかし、アレンジが、もったいないというか、もっと凄い曲になったんじゃないかなと思ってしまいます。

導入部分はアンビエント風で始まって、それこそ後述しますけど、本作のアルバムジャケットの元ネタであるU2の『The Joshua Tree』っぽい、「崇高さ」がさがあります。

U2『The Joshua Tree』。このアルバムには「終わりなき旅」という邦題の曲(I Still Haven’t Found What I’m Looking For)も含まれている。

しかし、あっさりそのアンビエント的な音像はフェイドアウトし、普通にギターとピアノによる弾き語り風になって、曲が進んでいくにつれて、単純にオーケストラの荘厳さに置き換えられ、あとは歌に合わせてバンド演奏が追従するみたいなアレンジで、わりと普通なアレンジに落ち着いてしまうという…。

次作『Q』でのバラエティ溢れる音作りを知っているだけに、それと比べるとアレンジ面でややのっぺりとした印象を受けます。

それこそ「ニシエヒガシエ」のリミックスでみせたように、外部の人間を招聘した方が良かった様な気がします。

一方ボーカルの方は渾身の歌唱というか、曲の壮大さとテーマの大きさに見劣りしないものになってるのでそれだけに残念です。

「光の射す方へ」と同じでちょっとボーカルの線が細くなってしまってる感はあるんですけど。

8. #2601

 久しぶりの桜井和寿・鈴木英哉(ドラム)の共作で、ツアー中のロックバンドのその享楽的な生活を描き出したハードロック調の曲。

実際そういうファンの人にも会ったことあるんですけど、結構キワドイ歌詞なんで一部のファンからは怖い曲なんて言われてちょっと敬遠されているみたいです笑。

ま、でもミスチルのよさというか、面白さというのは、「simple」とか「ラララ」みたいな素朴な日常の中で感動的なものを見つけて歌っている曲があると同時に、こういうどぎつい曲とかゲスな曲もう普通に作ってしまうというレンジの広さだと思います。

近年こういうどぎつい曲ってのはどんどん本人たちが丸くなったからなのか分からないですけど少なくなっているって言うのはちょっと残念ですね。

享楽的なロックライフみたいの描き出す必要一方で、女優のミシェル・ファイファーに心酔しちゃってたり、どことなく情けない感じも出してるも面白いです。

最初に書いたようにロックバンドの享楽的な空の様子を描いた曲なんですけどこれ実際どこまでがそのドキュメント的なもので実際に経験したことでどこまでがファンタジーというか物語として書かれたものなのかっていうのがちょっと気になりますよね。

もちろん歌の主人公=作曲者みたいな短絡的な考え方はあまり良くないんですけど、ツアー中のロックバンドの享楽的な生活って言うことで極めて限定的な状況なんで、そこに桜井和寿の個人の経験とか入り込んでいるような気が受け手側としてはどうしてもしてしまうんですよね。

それは私生活が割と荒れてる時にわかりやすく『深海』の様なダークな作風になってしまうということからもそう思わせるんですけど。

だからこそどこまでが本当に経験したことなんだろうとちょっと考えずには居られない歌詞の内容です。

まぁ割とドキュメンタリービデオなんか入るといつもツアーはライブが終わったらさっきどんちゃん騒ぎしてるみたいなイメージがあるんで、バカ騒ぎ的なことは実際やっていそうですが(笑)。

9. ラララ

スキッフル、カントリーテイストの楽曲。

歌詞演奏含めて本作ではベストトラックの一つだと思います。

桜井和寿は人々の日常の特別な瞬間を切り取るのに長けてる作詞家だと思っていて、それは「口笛」っていう大傑作に結実すると思ってるんですけど、本作ではそれは「simple 」だったりこの曲だったりします。

ただこの曲の方が「simple」よりもアートとしてのポップミュージックという観点からよくできていると思います。

歌の主人公は「ラララ」を日々探していると宣言しているわけなんですけど、ではその「ラララ」とは一体何なんでしょうか。

歌詞の中で「ラララ」とはどんなものなのか何度か描かれているので、抜き出してみました。

簡単そうに見えてややこしく
困難そうに思えてたやすい

参考書よりも正しく
マンガ本よりも楽しい

太陽系より果てしなくコンビニより身近な

簡単そうに見えてややこしく
困難そうに思えてたやすい

なんだか禅問答みたいですよね。

勿論様々な解釈ができるとおもうんですけど、つまり「ラララ」って「他人にとってはとるに足らないことなんだけれども、自分にとっては大切であって奥深いもの」のことを歌ってるんじゃないかと思うんですよね。

例えばそれは自分が本当に入れ込んでいる趣味の世界だったり、大切な人だったり。

そういう他人からしたら、よく知らないが上に見かけ上は「困難そう」であったり「簡単そう」にみえたりするんですけど、自分からしたらそれは「参考書よりも正しく」「マンガ本よりも楽し」くて、その奥深い世界は「太陽系より果てしなく」「コンビニより身近な」んですよね。

そういった存在をこの曲では「ラララ」という一言で表しています。

「ラララ」という言葉自体にはなんら意味はないんですけど、それゆえに何にでもなりうるし、なんかウキウキさせるような軽やかさがあります。

ニュースは連日のように
崖っぷちの時代を写す
悲しみ 怒り 憎しみ 無造作に切り替えて行く

明日を生きる子供に 何をあたえりゃいい?
僕に出来るだろうか?

と上記のように歌の中では世のままならなさ、苦悩を歌いこんでもいるんですけど、その一つの回答として、それぞれが自分にとっての「ラララ」を見つければいい、そしてそれこそが「明日を生きる子供に」我々が残せるものなんじゃないか? というような問いかけがこの曲ではなされているのだと思います。

10. 終わりなき旅

15thシングル。

7分近くある曲。ミスチルの曲って割と長いんですけど、長さを感じさせない曲が多いのはいつも凄いなと思ってます。

丁寧にいくつも展開を重ねたがるアーティストなんでメロディとアレンジがよければとりあえず退屈はしないんですよね。

逆にいうとメロディとサウンドが退屈だとなかなか聴くのが辛い作風で、それが後々の息切れ感に繋がっちゃうんですけど。

先に述べましたが、このプロモーションビデオで本人たちが演奏しているところが活動休止後に初めて出てきて「本当に復活したんだな」と安心したのを覚えています。

アレンジはオーケストラを代替的にフィーチャーしたギターロックでゆったりとしたテンポで展開されるスケール感の大きいロックバラードです。

歌詞のテーマはミスチルでは良くあるテーマの悩みながらもポジティブに前に進んでいこうという笑。

「光の指す方へ」とか「ニシエヒガシエ」とか歌詞のテイストとか主人公のスタンス(そして作詞者桜井和寿との距離感)の差は結構違いがあるんですけど、テーマとしてはおなじです。

これは「Tomorrow Never Knows」や「innocent world」とかもそうで、あげたらキリがないんですね。

毎日をどう乗り切っていくか、それがテーマとして一貫している作家だと思います。

このテーマも4枚目の『Atomic Heart』以降顕著ですよね。

11. Image 

ラスト曲。「終わりなき旅」の壮大さに比べると比較的地味な作品。

しかし、テーマは「命というサイクル」という、結構大きな事を歌っています。

「I’ll be」とかに比べるとサラッと歌われてるんですけど。

これ単体でどうこうというよりはアルバムの流れで最後に聴くことで生きる曲な気がします。「ラララ」同様日常的な描写から入っていって、段々とそれが大きなテーマに広がっていく構造ですね。

アレンジも歌詞のスケールアップに合わせるように、転調後の後半からバンドとオーケストラが本格的に入ってきて壮大になっていきます。

最後にはアレンジも歌詞も最初の弾き語りメインの部分の日常描写に帰っていて、聴いてる人をテーマの壮大さの中に置いてきぼりにせずに日常に返してあげてから終わってます。

割と映画とかにこういう構造のものが多いですよね。

こういうところもユーザーフレンドリーだと思います。

そのまま突き放されたり、同じところに着地しない方が個人的には好きですけど。

まとめ

昔聴いたときは当時洋楽に僕自身がかぶれてたこともあって、ミスチルのテイストが変わって洋楽っぽくなった(まあ、気づいてないだけでそれ以前からそういうテイストや洋楽オマージュみたいな物はあったんですけど)って喜んでいたんですけど、今改めて聴いてみると苦戦のあとが見える「惜しい」アルバムだと感じてしまいます。

かといって駄作であるとは言い切れず、次作の『Q』と言う傑作アルバムに繋がる一枚なので、キャリア上は重要な一枚だと思います。

というわけでミスチル初心者にまず聴いてもらいたいとおすすめはしにくいアルバムなんですけど、むしろ洋楽ファンで、ミスチルあまり詳しくない人にはこういうアルバムもあったということで、チェックしてもらいたい一枚ではあります。

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※①ただこの様な(ミスチルにしては)実験的な試みも次作である『Q』ではだいぶ成功しています。

「友とコーヒーと嘘と胃袋」「Everything is made from a dream」「その向こうへ行こう」などは(ミスチルにしては)実験的な構成やサウンドをしてて、本作よりもだいぶこなれた表現になっています。

ここでは詳しく書かないので良かったら当サイトの『Q』の記事を読んでみて下さい。

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