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過小評価されているスピッツの隠れた名盤『インディゴ地平線』の歌詞とサウンドを解説


インディゴ地平線

今回はスピッツの1996年に発表された7枚目のアルバム『インディゴ地平線』を取り上げます。

大ヒットシングル「渚」「チェリー」をふくむアルバムで、当時セールス、人気ともに前作『ハチミツ』に続き、絶頂期でした。

ところが、なぜかあまり語られることのないアルバムでして、過小評価されているのかなと思うことろもあります。

今回は存分にその魅力について語って行きたいとおもいます。

最後にアルバム全体のまとめも書いていきます。



1曲目「花泥棒」

アルバムのオープニングトラック。珍しくギターの三輪テツヤ作曲のロックナンバー。

三輪作品って数は少ないですけど、「鈴虫を飼う」とか「死神の岬へ」とか超ド級の名曲だったりするんで、もっと三輪作品が聴きたいと常におもっています。

ダイナミックなバンドサウンドで奇妙は歌詞はスピッツならでは。

特にベースのフレーズが全体的にカッコいいですね。

2分にも満たない小品ですが、アルバムのイントロとしてふさわしいにぎやかな一曲。

2曲目「初恋クレイジー」

突き抜けるように青い空を連想させるような実にさわやかなナンバー。

歌ってみるとわかるのですが、結構音程が高いのにスッと難無く歌ってるところがスゴイ。

メロディの美しい曲。特に2分46秒ごろからのブリッジ部分。

すぐ終わってしまうのがもったいないぐらいとろけるように幻想的なメロディです。

余韻を残すような終わり方もいいですね。

メロディ、アレンジがいいのはもちろんなのですが、歌詞がいいですね。

タイトルどおり初恋に舞い上がって気持ちが暴走してしまう様子を描いています。

作詞の勉強になるような表現がじゃんじゃんでてきます。

たとえば歌いだしの2行。

見慣れたはずの街並も ド派手に映す愚か者
君のせいで大きくなった未来

恋することでまわりのものが輝いて見えるような心持を、見慣れた町並みをド派手に~と表しているんですね。

また、恋することで人生の可能性が広がったような感じが、

「大きくなった未来」という一つのフレーズで表されています。

これ面白いのは曲の中では「恋」とか「好き」とかそういう単語は一切でてこないんですね。

ただ曲のタイトルで「初恋クレイジー」って説明してて、あとは直接的には言ってない。

そこがスマートだとおもいます。作詞をする人は是非真似したいですね。

3曲目「インディゴ地平線」


アルバムのタイトル曲。

まさに地平線を髣髴とさせるような広がりをもった、ゆったりとしたロックナンバー。

川谷絵音率いるindigo la endのバンド名の元ネタにもなった曲です。

以前に取り上げた「死神の岬へ」でも書きましたが、この曲でも世間一般、社会的な規範となる価値観からの逃避が歌われている気がします。

歪みを消された 病んだ地獄の街を
切れそうなロープで やっと逃げ出す夜明け

歪というものは、まあ一般的になくていいものですよね。

会社などのシステムに「歪」、つまりあってなならないエラーみたいなものがあったとしたらそれは正されなければならない。

それは「常識」においては「正しい」ことなのでしょう。

しかしそうした「歪」が消された街を「病んでいる」とここでは定義しています。

そしてそこから「切れそうなロープ」で夜明けになんとか「逃げ出す」わけです。

これ先ほども言及した「死神の岬へ」にそっくりなんですね。

愛と希望に満たされて 誰もかもすごく疲れた
そしてここにいる二人は 穴の底で息だけしていた
古くてタイヤもすりへった 小さな車ででかけた
死神が遊ぶ岬を 目ざして日が昇る頃でかけた

「死神の岬へ」より

「死神の岬へ」では目指した先はタイトル通り「死神の岬」なんですが、では「インディゴ地平線」はというとその先にあるのが「あのブルー」「インディゴブルーの果て」なんですね。

凍りつきそうでも 泡にされようとも
君に見せたいのさ あのブルー

効率性や生産性とは関わりなく、ただただ美しいブルー。

そういうものが特別で大事にしていきたい、同じく特別な「君」にみせたいんだ、という意思表示の様な曲だと解釈できます。

4曲目「渚」


インディゴに続いて「渚」ということで「青」を連想させる曲が続きます。

シングル曲。当時は当たり前のようにヒットしていましたが、改めて聴いてみるとシングル曲としては結構変わってる曲、攻めてる曲だとおもいました。

この頃ヒットチャートを賑わせていた曲って(まあいまもそうですが)それなりにサビの部分に長さがある曲ばかりだと思うのですが「渚」は違います。

柔らかい日々が波の音に染まる 幻よ 醒めないで

基本的にこれだけなんですよね。

これと同じメロディーで違う歌詞が2番以降では繰り返されますが、基本的に尺はAメロよりも短いです。

当時流行っていたJ-POPの他の曲に比べると異質です。

曲の展開の話にいきましょう。

波打際のあの細かい泡を想起させるような、ぽこぽことした低音のシンセの細かいフレーズが繰り返えされて、ずっと流れています。

周りのバンド演奏は曲が進行するたびに段々と盛り上がっていく。

シンプルな楽曲に複雑性や盛り上がりを持たせるアレンジですね。

是非それぞれのパートに注目して聴いてみて下さい。

5曲目「ハヤテ」

ジャケットの影響もあるかも知れませんが、すっと空に抜けていくような、空の青さと広がりを感じさせる開放感のあるナンバー。

これまた「初恋クレイジー」に並んで恋愛ソングのお手本みたいな素晴らしい歌詞だとおもいます。

キラーフレーズだらけの曲。自分で曲を作っている方なら作詞の参考になるのではないでしょうか。

たとえば

「微笑むキューピットのことばっかり考えて とびこめたらなぁ」

っていうフレーズ。

ここは普通だったらOKをもらえることだけを考えて告白できたらなぁ」っていっちゃうところです。

でもそれだとつまらない。

ありきたりだし、響かないワケです。

もっとこの不安と幸福がごちゃまぜになった感情を表せないものか。

そこでこのフレーズになるんですね。

「OKをもらえること」を「キューピットが微笑む」と「告白すること」を「とびこむ」っていいかえています。

シングル曲やベスト盤に入ってる曲ではないですが隠れた名曲だとおもいます。

6曲目「ナナへの気持ち」

ある種のプロポーズ、結婚ソングと取れない事も無いですが、単純に「なんかこの子とずっと一緒に生きて行きたいな」っていう自分の気持ちに気づいたことを歌った曲ではないでしょうか。

このナナっていう女の子は、みんなが好きになるようなアイドルやマドンナみたいな所謂「理想の」女の子では多分ないんだと思います。

誰からも好かれて
片方じゃさけられて
前触れなく叫んで

どちらかというと個性的でちょっと変わった女の子。

「悪くない子なんだけどちょっと変だから付き合いづらいよね」、みたいに思われてしまいそうな女の子。

でもだからこそ語り手である主人公はナナのことがとても愛おしい思うんです。

ちょっと困ったところもあって、あばたもえくぼというか、そういうところも含めて好き、いやそうだからこそ好きっていう感覚。

そしてその気持ちが聞き手にも伝わってくるのからこの曲は感動的なのではないでしょうか。

最後サビをうたって終わるんじゃなくてまたAメロ部分で終わるのがいいですよね。

ナナと語り手の物語は、まだずっと続いてくんだって感じがします。

こういうところも含めて構造も前の曲の「ハヤテ」と似ています。

「ハヤテ」もAメロの最初の一節だけ歌って終わりますから。

「ハヤテ」の場合はまだ告白できずに片思いの段階でまだ続くっていうことなのでしょうか(笑)。

しかしこの2曲、相手との新密度は違ってるんですけども両方とも自分が好きになっている女の子の歌。

なんとなく姉妹曲的な感じにおもってます。

「ハヤテ」と「ナナ」。

名前も素敵ですね。

余談。歌詞に出てくるロイホが何のことかわからなかったですが、ロイヤルホストっていうファミリーレストランの事ですね。

何にも知らなかったんで普通のファミレスかと思って、「おおコレがあのロイホか」とか言って入ったんですが、思った以上に高かったですね(笑)。

夜更けまで話し込むほどカジュアルじゃないじゃん」とか思ったのはいい思い出でした。

当時サイゼリヤとかがどの程度進出していたのかは不明ですが、街道沿いのサイゼで、ではダメだったんでしょうね。

ロイホである必要性があった。サイゼリアだと軽すぎる感じがするのかもしれませんね。

7曲目「虹を越えて」

ちょっといままでの曲とは毛色が違う曲がでてきました。

タイトルは虹を越えてですが、いきなりイントロで「モノクロ すすけた工場で」というフレーズで色が奪われる感じですよね。

曲の雰囲気やメロディもカラフルというよりはそういったくすんだ感じになっています。

歌詞の内容は、すみません、ちょっと抽象的すぎて解釈できませんでした。お手上げです。

そのまま曲の雰囲気とかを楽しめばいいのかなという気がします。

8曲目「バニーガール」

シンプル、ポップなバンドサウンドで聞かせるアップテンポなナンバー。

当時の日本のバンドは結構が英語を普通に歌詞に取り入れてますが、スピッツは全然英語使わないですね。

珍しくここではonly youって使ってます。

といってもOnly Youなんて結構誰でもしってる英語ですから、もうスッとはいっていきてしまう。

改めて歌詞カード見直してみてアルファベット表記だったのでさえちょっと驚きでした。

寒そうなバニーガール 風が吹いた

バニーガールの格好、好きでそういう格好されてる方もいると思うんですけど、この歌に出てくるバニーガールって仕方なくそうしている感がある気がします。

だってもう最初から寒そうにしてますから。

自分の意思だったら今日はちょっと寒そうだからやめとこうとなりそうじゃないですか。

そこに追い討ちをかけるように風が吹いている。

そんなちょっとかわいそうなバニーガールを語り手は好きになっちゃうんですね。

その姿に自分を重ねちゃって好きになってしまった感じがします。

社会的なはみ出しもの感からの視点ですよね。

そういう意味ではしつこいですけど「死神の岬へ」とか「インディゴ地平線」と共通のものを感じます。

はみ出しものである自分と「させられている」バニーガールを重ねているんでしょうね。

それで一方的に恋に落ちちゃって勢いでonly youって言っちゃう。

僕の解釈なので全然違うっていわれてしまったらそれまでなんですけど(笑)。

「ゴミ袋で受け止めて」っていう部分がやはり引っかかりますね。

普通もっと上等なもので受け止めて欲しいじゃないですか、せめて風呂敷とか(笑)。

でもここではゴミ袋なんですよね。

ゴミ袋ってゴミ袋って役割を与えられているからこそ、もうゴミとして一緒に捨てられてしまう運命なんですけど、ベつに袋として使えるものなわけです。

風呂敷代わりだってできる。

ゴミ袋でも受け止められるんだっていうところにこの曲を読み解くキーというか、主題というかがある気がします。

そう考えるとぱっと見以上に深いナンバーですね。

9曲目「ほうき星」

ベースの田村明浩さんが作曲したナンバー。

作詞はいつもの通り草野さんですが作曲者が違うのでこの曲は矢張り全然雰囲気が違います。

注目して聴いて頂きたいのはドラム。

イントロからちょっと複雑でカッコいいフレーズを叩いていてすごく気持ちがいい。

バンドとしての良さが出た曲だと思います。

もっと他のメンバーが作った曲が沢山入ったアルバムを是非聴きたいです。

10曲目「マフラーマン」

9曲目に続いてバンドが前面に出たロックナンバー。

ですがギターの音の処理がやはり初期に比べるとメジャー感ある適度な感じですよね。

ファーストアルバム収録の「ニノウデの世界」とか結構ギンギンにギターが歪んでたりしてインディーズ感がある。

それが滅茶滅茶いいんですけど、どんどん後退してきてメジャー的な音のバランスになってしまう。

それがインディゴ以降もますます進んでいってこの後の作品だと、どんどん歌謡曲的な音像になっていって寂しいなと思ってしまいます。

じゃあバンドサウンドを前面に押し出したとされるアルバム『隼』「放浪カモメ〜」とか「メモリーズ・カスタム」はどうなんだよ、って反論は出てきそうですが、やっぱりギター歪んでるんですけどメジャー感はあるんですよね。

その範疇に収まってる。変態性が排除されてる感じ。

そこがちょっと残念かなと思ってます。

そういう意味ではバンドならではの恰好よさとメジャー感がちょうどいいあんばいになっているのがこのアルバムだと思います。

初期のファンからすると物足らず、最近のファンからするとピンと来ないのかもしれませんが。

この曲ではフルートのソロが入りますね。

『惑星のかけら』「シュラフ」でも印象的にフルートが使われていたので、フルート結構好きなのかなって思っちゃいます。

11曲目「夕日が笑う、君も笑う」

再び疾走感の伴うナンバー。

最初は結構単純でストレートな曲かなとおもったりもしましたが、意外と歌詞をちゃんと読むと味わい深いものがあります。

とくに

勝手に決めた リズムに合わせて歩いていこう

の一文がいいですね。

ストレートに翻訳してしまうと「自分らしく生きて行こう」ってことなんですが…。

こういう風に翻訳してまとめてしまうとひどくありふれたつまらないことをいっているように感じてしまいます。

このありふれた表現をどうすれば自分だけの特別な表現にできるか、どうして「勝手に決めた リズムに合わせて歩いていこう」はつまらなく感じないのか。

そういったことを考えてみると面白いと思います。

12曲目「チェリー」

大ヒットシングル。

スピッツで1番コレが好き、一曲選ぶとしたらコレ、っていうファンも多いのではないでしょうか。

前作『ハチミツ』もそうですが意外にもこのアルバムにはシングル曲は2曲しか入っていないんですね。

メンバーがひたすら楽しそうに演奏してるPVも印象的です。

僕にとっては結構スピッツってひねくれてるバンドという認識があるので、そういった意味で結構らしくない曲。

穏やかで明るいサウンドで誤魔化されがちですがこれは別れの歌なんですよね。

歌い出しから。

君を忘れない

ですからね。

けれど全然暗くなくて、別れを前向きにとらえてそれでも人生は続いていくっていう曲。

アルバム最後に相応しいナンバーと言えるのではないでしょうか。



まとめ

バンドとしての一体感を凄く感じるアルバムですね。

スピッツにしか作りえないものになっているんじゃないでしょうか。

また同時にそれがうまくまとまっています。

それはプロデューサーの笹路正徳の力によるものなんじゃないかと思います。

おなじくバンドサウンドを前面に押し出そうとした『隼』とくらべてもアルバムのトータルとしての完成度はこちらが高い気がします。

このあとスピッツは『crispy!』から今作までタッグを組んでいたプロデューサー笹路正徳とのタッグを解消し、次作の『フェイクファー』ではセルフプロデュース作に挑戦します。

普通はバンドがセルフプロデュースしたりするとバンド色がもっと濃くなったりするものです。

しかし『フェイクファー』っていうアルバム自体がそのジャケットのようにぼんやりとしたやわらかな音像でして、『インディゴ地平線』は『フェイクファー』と比べるとメンバーのそれぞれの楽器が前に出てて、バンドサウンド好きな自分としては『インディゴ地平線』の方が好みだったりします。

このあとはですね、ご存知の通り椎名林檎のプロデュースや東京事変のベーシストとして有名な亀田誠治とのコンビが長く続いていくんですが、個人的には笹路さんともう一作ぐらい作って欲しかったですね。

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