今回は80年代に活躍したイギリスのギターロックバンド、ザ・スミス(The Smiths)の入門に『クイーン・イズ・デッド』(Queen Is Dead)はふさわしくないんじゃないかと言う話をしていきたいと思います。
ザ・スミスは既に30年以上前に解散しているバンドですが、いまだに日本でもかなり人気があって、昨年僕が主催した80年代ランキング企画でも、根強い人気を見せつけていました。
未だに語られる機会も多いですし、名前しか聞いたことないけど、いつか聴いてみたいと思ってるロックファンの人も割といるんじゃないでしょうか。
そんな時何から聴いてみようかな、ってことになると思うんですけど、1番有名なアルバム『クイーン・イズ・デッド』から入ってみようかなっていう人も多いと思うんですよね。
それはそれで別にいいんですけど、ちょっと待てよ、本当に『クイーン・イズ・デッド』が入門としてふさわしいのか?っていう話をしていきます。
これからスミス聴こうって人は勿論、『クイーン・イズ・デッド』聴いてみたけどいまいちだったという方にも是非読んで見てもらいたいです。
そもそも、ザ・スミスはどんなバンドなのか。
ザ・スミスはイギリスの工業都市マンチェスターから出てきた、80年代を代表するギターロックバンドです。
今は80’sの音像を大々的に取り上げているThe 1975みたいなバンドもいるので、少し違うと思うんですけど、昔のロックファンにとって80年代は暗黒時代みたいな言われ方をされていた時もあるんです。
それは80年代にシリアスなバンドミュージックがメインストリームではなかったのもありますし、その前の1960年代後半、70年代の前半にロックの黄金時代があったからなんですね。
その時代に比べると商業的なバンドが多かったり、世間ではシンセ偏重のポップサウンドが一生を風靡していたりしていたりして、80年代はロックが下火だったみたいな言われ方されていた時もあるんです。
そんな中でもザ・スミスはある種の救世主的な存在として扱われてて、「80年代それでもスミスがいた」みたいな言われ方をされたりしていました。
かと言って彼らが60年代、70年代のロックを踏襲していたかというと、そうでもないんですよね。
彼らの大きな特徴は、モリッシー(Morrissey)の歌と歌詞、ジョニー・マー(Johnny Marr)のギターにあります。
スミスのボーカル、モリッシーの書く歌詞は、みじめな現実を凄している人たちを、文学性、物語性高く、時にユーモラスに描き出す、今までなかったような角度で書かれたもので、それがものすごく新鮮だったんです。
そしてモリッシーの歌詞世界を彩るのは、今まで聞いたことのないようなフレージングを繰り出すジョニー・マーの複雑で、メロディアスで、なおかつ攻撃的なギターでした。
そんなギターとその上で自由に動き回るモリッシーの独特な歌メロと歌詞の組み合わせが衝撃的だったんです※。
当時アメリカでは全然ヒットしなかったんですけれども、2000年代のアメリカのインディーズバンドシーンでスミスを参照したり、リスペクトしてたりするバンドが出てきたこともあって、今日ではアメリカでも根強い人気と批評的な評価を得ています。
※リズム隊のアンディ・ルークとマイク・ジョイスも当然凄いし、いいプレイヤーなんですけど今回はその話はしません…。
『クイーン・イズ・デッド』(Queen Is Dead)はどんなアルバムなのか。
そんなザ・スミスの最高傑作と一般的に呼ばれている1枚が今回の本題の『クイーン・イズ・デッド』です。
「最も偉大なアルバムは何か」みたいな投票をイギリスの音楽雑誌やWebメディアでやるとかなり上位に上がってくることが多く、イギリス以外のメディアでも、80年代アルバムランキングなどでは軒並み上位で、評価も支持もかなり根強い1枚です。
『クイーン・イズ・デッド』は1986年に発表された彼らの3枚目のアルバムで、その特徴はソングライティングの完成度の高さです。
今までのアルバムは、曲のクオリティにばらつきがあったり、アイデア一発でメロディーとかは二の次みたいな曲も多かったんですけど、本作は美しいメロディがひしめき合う耽美的な世界が展開されています。
「そんなに完成度が高いなら別に入門としてそこから入って全然問題ないんじゃないの?」と思うかもしれません。
ところがこのアルバムはですね、完成度が高いからといって、スミスの魅力の全てが発揮されているようなアルバムか、というと実はそうでも無いんですよね。
だからその点において最高傑作って、単純に言ってしまうのも違和感があるんです。
ではどういう要素が足りないのか、それはジョニー・マーのギターです。
※2006年のNME、greatest British album of all timeで2位。同じくNME‘s Greatest Albums of All Time、2013年版で1位。Colin Larkin’s All Time Top 1000 Albumsの2000年の投票で10位。
なぜ入門としてはふさわしくないのか。
先ほどザ・スミスの特徴を説明したときにジョニー・マーのギターが素晴らしいと言う話をしました。
ところが『クイーン・イズ・デッド』というアルバムはですね、ソングライティング方面やプロデュース方面にジョニー・マーが力を入れた結果なのか、彼のギター演奏が裏方的になって昔より、控えめになってるんですよね。
ジョニー・マーのギターのプレイとして代表的なものを挙げてみると、例えば2枚目のシングルとして発表された「ジス・チャーミング・マン」(This Charming Man)という曲のイントロは、パリッとしたビビットなトーンで、複雑でインパクトのある物凄いギターリフで圧倒されるんですよね。
対して「ヘヴン・ノウズ・アイム・ミゼラブル・ナウ」(Heaven Knows I’m Miserable Now)という曲のギターリフは、まるで天から降ってきたような、柔らかでとても美しいコード弾きフレーズが鳴り響くものだったりします。
「ハウ・スーン・イズ・ナウ?」(How Soon Is Now?)のギターリフはトレモロのエフェクトの揺らぎと、ボ・ディドリーのビートを取り入れたリズムを持つ、複雑でインパクトのあるリフで、
レディオヘッドもカバーした「ザ・ヘッドマスター・リチュアル」(The Headmaster Ritual)はパンク的な攻撃性と、ニューウェーブ的な奇抜さ、従来マーが奏でてきた美しさ、そのすべてが同居した素晴らしいギターフレーズになってます。
ところが『クイーン・イズ・デッド』というアルバムは、これらの曲に匹敵する様なギターフレーズがガツンとくる曲があまりないんですよね。
決してギターがすごくない、というわけじゃないんですけど、前述した通り、曲を引き立てるためのちょっと引いた、裏方的なプレイが多いアルバムなんです。
ジョニー・マーのギターリフという、ザ・スミスのものすごい個性を考えた時、それがほとんど発揮されていない一枚を入門編として勧めてしまってもいいのか、ましてや最高傑作と言ってしまっていいのか、という疑問が湧いてくるんですよね。
このアルバムを聴いて、「スミスってこういう感じか」って、そのジョニー・マーのすごいギタープレイに触れないっていうのもなんかすごくもったいない気がするんです。
それじゃあ何を聴けばジョニー・マーのギターを含めたザ・スミスの魅力が余すことなく伝わるのかということを次のセクションで話して行きます。
ではどのアルバムが入門としてふさわしいのか
『クイーン・イズ・デッド』が入門として適していないのであればほかのアルバムはどうなのでしょうか。
セルフタイトルのファーストはどうなのかって言うと、確かにデビューしたてのみずみずしさみたいなものもあったりするんですけども、全体的に暗かったりまだ未完成のところがあったりしていい曲とよくない曲の差も激しかったりするんです。
ということで、好きな人は結構いるんですけども入門としては相応しくないかなと思います。
バージョンによっては先ほど取り上げた「ジス・チャーミング・マン」という大名曲が入っていないという問題もあります(そもそもオリジナルの UK バージョンでは、この曲は未収録です)。
セカンドアルバムの『ミート・イズ・マーダー』 (Meat Is Murder) はバンドアンサンブルという観点では、非常に素晴らしいレコードなんですけれども、ソングライティング面で『クイーン・イズ・デッド』には及ばないかなと思います。
4枚目の『ストレンジウェイズ、ヒア・ウイ・カム』(Strangeways, Here We Come)は『クイーン・イズ・デッド』のソングライティングの方向性っていうものをさらに推し進めたようなものになってまして、さらにジョニーマーのギターが引っ込んだスタイルになっちゃってるんですよね。
完成度はファーストやセカンドよりも高いと思うんですけれども。
じゃあオリジナルアルバムで入門に適したものないんじゃないのっていう話になっちゃうと思うんですけど、実は1stアルバムと2nd アルバムの間に編集盤で『ハットフル・オブ・ホロウ』(Hatful of Hollow)っていうアルバムがありましてそれが結構いい線を言ってるんですね。
これはライブ演奏とシングルの A 面 B 面を納めた、変則的な内容のアルバムになってるんですけれども、スミスの初期のすごいシングル曲をほぼすべて収録しているのでなかなかおすすめです。
ただライブじゃなくてスタジオで収録したものが聞きたいなーって曲がちらほらあったりするんでそこはちょっと惜しいんですよね。
「じゃ何から入ればいいんだよ」っていうことになりますけども、これはもうベストアルバムです。
実は、スミスの凄さというのは、初期のシングル群にギュッと凝縮されてるようなところがあって、それを全部収めてるのは、ベスト盤しかありません。
- ジス・チャーミング・マン (This Charming Man)
- ホワット・ディファレンス・ダズ・イット・メイク? (What Difference Does It Make ?)
- ヘヴン・ノウズ (Heaven Knows I’m Miserable Now)
- ウィリアム (William, It Was Really Nothing)
- ハウ・スーン・イズ・ナウ? (How Soon Is Now ?)
ということで、上記五曲が入っているベスト盤を入門として、後は各オリジナルアルバムを聴いていただくっていう形が一番スミスの世界にのめりこめる順番かなと思います。
大体ほとんどのベスト盤に上記の五曲は入っているかと思いますが、これらの曲が時系列順にならんでいて連続して聴ける『ザ・スミス・ヒストリー』(Singles)が一番のおすすめですね。
というか幸いなことに自分もこのアルバムを図書館で借りて打ちのめされてスミスにはまってしまったクチですので、本当におすすめです。
まとめ
ということで、ザ・スミスの入門編はベスト盤が一番です。
その中でもおすすめは『ザ・スミス・ヒストリー』(Singles)です。
誤解しないでいただきたいのは『クイーン・イズ・デッド』は本当に素晴らしいアルバムなんですよね。
ただジョニ―・マーのギターっていう観点で言うと本当に不満があるので、初めてスミスを聴く人は、バンドの個性に圧倒される初期のシングル5曲が収録されているものを、最初に聴いてもらうのがいいと思っています。
そういう意味ではスミスは完璧なアルバムを一枚作れなかったバンドなのかもしれないですね…。
ファンには怒られるかもしれませんが…。