PR

スピッツの歌詞のどこがすごいのか?【前編】

スピッツへの賞賛の言葉として、草野マサムネの歌詞が凄いというのがあります。が、具体的に「どこが」「どう凄い」のでしょうか。

惜しみない賞賛はあちらこちらで見かけますが、「具体的にココがこうだから凄い」という指摘はあまり見かけません。

ということでスピッツの詩の特性や凄さについてまとめ、前編、後編に分けて具体的に説明してみました。

「凄い」ポイントは沢山あると思いますが、キリがないですし、ボリュームの関係上今回は下記の3つのポイントに絞って論じてみます。

1、比喩表現の豊かさ
2、魅力的な人物像・固有名詞の面白さ
3、取り扱うテーマ

それぞれ順を追って具体例を提示しながら説明していきたいと思います。

自分で歌詞の分析をしてみたい、または自分でも歌詞を書いてみたいという方にも参考になるのでは、と思います。

では早速見ていきましょう。

1、比喩表現の豊かさ

まずは比喩表現の豊かさについて話していきたいと思います。

例として恋愛の表現についてみてみましょう。

恋愛をテーマにした曲はメジャーからインディーまでいろんなアーティストが取り上げているので比較してみるとスピッツの表現の豊かさ、ユニークさがわかりやすいと思います。

1996年に発表された7枚目のアルバム、『インディゴ地平線』に入っている「初恋クレイジー」を例に見ていきます。

恋の高揚感や期待感、不安な気持ちが混ざった複雑でうれしいような苦しいようアンビバレントな感情がうまく表現されている曲です。

見慣れたはずの街並みも
ド派手に映す愚か者
君のせいで大きくなった未来

「初恋クレイジー」

曲の歌いだし部分を抜き出してみました。

まず「見慣れたはずの街並みもド派手に映す愚か者」とありますが、これってどういう意味なんでしょうか。

「初恋クレイジー」というタイトルが読み解くカギになっていますが、

初恋に夢中になっておかしくなっちゃってるので、なんの変哲もないいつもの街並みさえ「ド派手」な素晴らしくキラキラしたものに見えちゃってる、

と解釈できます。

「君のせいで大きくなった未来」というのもその流れで、これから先の未来の可能性が大きく広がったような、錯覚を抱いてしまっている様を表しています。

いつもの街並みのすべての景色や将来が大げさにキラキラと輝いて見えるほど、主人公は「君」に恋している高揚感、多幸感におぼれておかしくなってしまっている。

主人公が、まさに「初恋でクレイジーになってしまっている状態にある」ということを、詩的に提示して見せたのがこの冒頭部分というわけです。

面白いのはこの部分では「恋」とか「好き」とかそういう直接的な単語がでてきてないんです。

それなのに主人公が恋におかしくなっていることがきちんと提示されています。

この曲、抜き出した冒頭部分だけではなくて、全体をみてみても「恋」とか「好き」とかそういう直接的な単語がでてこないんです。

「恋」という単語が出てくるのは「初恋クレイジー」というタイトル部分だけです。

そんな直接的な言葉を全く使わずに初恋の「好きという感情」の発露や感情の暴走がうまく表れているので、他のアーティストのストレートな初恋ソングと比較してみると、表現の面白さがよくわかります。

では、恋愛表現で、同じく『インディゴ地平線』に入ってる「ハヤテ」という曲の一節を取り上げてみましょう。

ただ微笑むキューピッドの事ばかり考えて飛び込めたらなぁ

「ハヤテ」

この一節を先ほどやってきたように普通の文章に訳してみたいと思います。

まず「微笑むキューピッド」とは何を指しているのでしょうか。

キューピッドは恋愛を司る天使です。そんな天使が微笑んでいるって事は恋愛が成就するということととれますので、この一節は「相手にオッケーって言われることだけを考えて告白できたらなぁ」と訳せます。

「飛び込めたらなぁ」というのは「告白する」事を指していますが、告白するためには勇気が必要だというニュアンスも「飛び込む」という表現には含まれていて、うまいですよね。

「やってしまったらもう後には戻れない」というニュアンスも「飛び込む」という表現には含まれていますから、そういう意味でも告白を表す比喩としてはぴったりです。

普通の言葉でそのままストレートに「うまくいくことだけを考えて勇気を振り絞って告白できたらなぁ」と書いても面白くもなんともないし直接的すぎるし、それだけの事を説明するとスペースを取りすぎてしまいます。

だからうまく要約して詩的に響かせるということをここでやってるんです。

比喩表現というのは、気取ってるとかじゃなくて、情報量が多いものを短く表せるとか、受け手がイメージしやすいという効果があるんです。

多くの情報量をいかに少ない言葉にスマートに詩的に落とし込むかが重要な短歌とか五七五の俳句、短い詩とかを思い浮かべていただければわかりやすいと思います。

歌詞は入れられる言葉に制限がありますし、メロディとの響きの兼ね合いもありますので、決められた音の中でどれだけ多くの情報をスマートに伝えるかみたいな事はやっぱり重要です。

スピッツの歌詞はいままで見てきたとおり、それが上手です。

下記は先ほど紹介した「初恋クレイジー」のブリッジ部分の引用です。

泣き虫になる 嘘つきになる 星に願っている

「初恋クレージー」

この部分を「詩的」ではなく散文的に、普通のJ-POP的なわかりやすい歌詞に直してみるとどうなるでしょうか。

好かれてるか不安で泣きたくなったりする、
自分を大きく見せようと取り繕ってしまうし、
好かれたい一心で流れ星に願いをかけてみたい気分さ

筆者による訳出

どうでしょうか。恥ずかしかったですが頑張ってみました(笑)。

訳してみたほうの歌詞はかなりストレートでわかりやすいですが、ありきたりでつまらないですよね。

分量も三倍以上になってしまいます。

詩的に要約することで多くの情報をスッと伝えられるし、その分スペースを節約できるので、より濃い内容を一曲の中で披露できることになります。

逆に、説明くさい歌詞は、多くを語っている様で実はそうでもなかったりするので、なんだか薄っぺらく感じてしまったりすることもあるということです。

勿論メロディあっての歌詞ですから、説明くさい歌詞や、この翻訳のような歌詞でも、素晴らしいメロディがのればまた別の響きを得るとは思いますが。

初期の歌詞カード。「歌詞」ではなくわざわざ「詩」と書いていることからも、ただの「歌詞」ではなく「詩」として成立させようという意思が垣間見れる。

恋愛ばっかりだと面白くもないので、他の例も見ていきましょう。

実はスピッツの曲の導入部分は「日常がつまらない」とか「退屈しているとか」とにかく現状に不満があるという状態を提示するものが結構あります。

例として、1995年発表の『ハチミツ』というアルバムの表題曲の冒頭を見てみましょう。

一人空しくビスケットの しけってる日々を経て

「ハチミツ」

ビスケットは、しけていたら食べれないことはないけれど美味しくなくなります。

本来あるべきフレッシュな質感が損なわれている状態です。

「日常がつまらない」とストレートに言ってもいいとは思うんですけど、そのまま表すより「ビスケットがしけってる」ような日々と言った方がなんとなく表現として響いてくる感じがしないでしょうか。

というのは「つまらない日常」って実態のない、抽象的なもので、人に説得力を持って伝えるには、それぞれのつまらなさの感じ方もあってなかなか難しいですよね。

しかし、ビスケットの様な「乾いている状態が望ましい食べ物がしけっている状態だと美味しくない」ということは、殆どの人が経験して味わったことがあり、その不快な食感をありありと思い起こすことができるので、実感としてスッと入ってきます。

比喩表現にはこのように受け手のビビットな感覚を呼び起こして、リアリティや共感を呼び起こす効果があります。

同じく『ハチミツ』に収録されている「愛のことば」という曲の冒頭部分をみてみましょう。

限りある未来を搾り取る日々から
抜け出そうと誘った君の目にうつる海

「愛のことば」

我々はいつかは死んでしまう存在で、未来は当然限りのあるものなんですけどなかなかそれを実感することはありません。

ここでなされている「未来を搾り取る」という表現はまさに有限な物を少しずつ減らしてしまっているという生々しさが伝わってきます。

ザ・イエローモンキーの曲で「楽園」という曲があるんですけど、実は同じような表現があります。 

僕らは大事な時間を意味​もなく削ってた「なあなあ」のナイフで 

「楽園」ザ・イエロー・モンキー

ややイエモンの方が前半直接的ではあるんですけど、時間を「なあなあのナイフ」削るというのは、時間を有限性のある個体としてイメージさせ、それをいい加減に削って使っていくという実感をもたらしてくれる優れた表現だと思います。


というわけでスピッツの歌詞の比喩表現の豊かさについて見ていきました。

そして、巧みな比喩表現でどんな効果が生まれるのか簡単におさらいしてみます。

  • 散文では量が多すぎる事柄を短くして伝えられる。
  • 伝えにくい観念的なものを感覚的にスッと伝えられる。

上記の様な比喩表現の効能によって、我々はスピッツの歌詞世界を豊かなものと感じ、「それがスピッツの詩ってなんだか説明できないけどすごいよね」という評価にもつながっているかと思います。

今回意識的に曲の導入部分の歌詞を切り取ってみましたが、歌いだし部分は当然ですが歌詞の世界の入り口となる部分です。

よって優れた歌詞は導入部分でグッと掴まれることが多いです。

これから是非どんな曲でも凄いと感じた歌詞に関しては、冒頭部分に改めて注目してみてください。

きっと何かしらの発見があるはずです。

優れた比喩表現の例はまだまだ沢山あるんですがきりがないので、次はスピッツの歌詞に登場する魅力的な登場人物や固有名詞などについて語っていきたいと思います。

2、魅力的な人物像・固有名詞の面白さ

スピッツの歌詞には個性的なキャラクターや魅力的な人物が沢山出てきます。

そういった登場人物に固有名詞が与えられていることも、多々あります。

例えばセカンド『名前をつけてやる』に入ってる曲だと「ミーコとギター」ミーコとか『インディゴ地平線』だと「ナナへの気持ち」のナナとか、「ハヤテ」のハヤテとかです。

このセクションでは、スピッツの詩世界に出てくる魅力的な人物の描写、固有名詞を取り上げて、それらが、いかに歌詞の世界観の構築、豊かさに貢献しているかを見ていきたいと思います。

せっかくなんでさっき出てきた「愛のことば」の冒頭をまた見てみましょう。

限りある未来を搾り取る日々から
抜け出そうと誘った君の目にうつる海

ここで二行目に出てくる「君」という人物、いまの所これだけの情報しかないですけれど、この短いセンテンスだけでも「君」がどのような人物なのか十分伝わってくる一行になっています。

まず「君の目にうつる海」に注目してみます。

海は大きくて広がりを感じさせるものですよね。船出するとか航海するとか、何かを始めるっていうポジティブな印象もあります。

「君」の瞳にはそういうイメージを喚起する海が写ってる、つまり君には大きなビジョンとか希望とかがあって、そういうものを瞳の中に宿している、そういう人物だっていうことをここで言ってるんです。

そんな「君」が「限りある時間を無駄に過ごしてる今の状態から、ちょっと抜けだそう」みたいなことを言ってるわけです。

最初の一行でこの「君」という人物がどういう人なのか、どれだけ魅力的な人なのかというのがすっと伝わってきますし、そんな人から「こんな生活から抜け出そう」って言われたら物語の始まりとしては本当に申し分ないですよね。

非常に上手な導入だと思います。

このようにスピッツの歌詞はたった一行だけで魅力的な人物像を描き出しています。

そしてそれは前のセクションで説明した比喩表現の賜物です。

それではもっと具体性のある人物描写をみてみましょう。先程チラッと名前を挙げた「ナナへの気持ち」のナナです。

誰からも好かれて片方じゃ避けられて
前触れなく叫んで ヘンなとこでもらい泣き
たまに少しクールで 元気ないときゃ眠いだけ

(中略)

ガラス玉のピアス キラキラ光らせて
お茶濁す言葉で 周りを困らせて
日にやけた強い腕 根元だけ黒い髪

「ナナへの気持ち」

抜粋部分は一番と二番のAメロ部分でナナという人物についての描写が羅列されています。

ここで描かれるナナはみんながみんな好きになるようなアイドルや高嶺の花みたいな、いわゆる理想化された女性ではありません。

「悪くない子なんだけどちょっと変だから付き合いづらいよね」

みたいに思われてしまいそうな、どちらかというと個性的でちょっと変わった女の子です。

理想化されすぎた人物像ではなく欠点みたいなものも描き出す。「あばたもえくぼ」的に、一般的に欠点と言われそうな所も含めて好きなんだと書く事で、語り手の想いに切実さやリアリティーを付与しています。

こうする事で、直接描写されるナナだけでなくて、語り手も同時に血の通った人物に見せる事に成功していると言えます。

こうした具体性を帯びたキャラクター描写だけでなく、曲にチラッと出てくる固有名詞も独特のものがあり、詩の世界に深みを与えたり、非日常的でファンタジックな要素を加味していたります。

例えば、2ndの『名前をつけてやる』を見るだけでも夏蜘蛛「プール」)、マンモス広場「名前をつけてやる」)、ウサギのバイク「ウサギのバイク」)と、一風変わった固有名詞を複数抜き出す事ができます。

「ウサギのバイク」は、ホンダのバイク、ラビットが元ネタと言われていますが、英語をただ「うさぎ」に日本語訳しただけで、世界観が一気にファンタジックになります。

独特な固有名詞が面白いだけでなく、普通の名詞のチョイスもちょっと変わっています。

例えばファーストアルバムのタイトルに出てくる名詞を眺めてみても、トンビ、ビー玉、たんぽぽ、うめぼし、ひばり、と既に独特です。

鳥は歌詞によく出てくると思いますが、トンビやひばりはなかなか少ないと思います。

特に「うめぼし」は、どちらかというと、生活感が溢れすぎていて四畳半フォークの様な世界観にマッチする様なアイテムですが、「うめぼし」という曲は、なんとラブソングになっています。

また、2019年リリースの「優しいあの子」には「コタン」という聞きなれない言葉が出て来ますが、これはアイヌ語で「集落」の意味です。

他に特にアイヌを連想させるような描写や「コタン」の様になじみの薄い単語は出てきません。

そのため、唐突に放り込まれた「コタン」という言葉が放つ違和感が独特の緊張感を歌詞全体に与えています。

この様にスピッツの歌詞は様々な魅力的な人物や独特な固有名詞やちょっとひねりの効いた事物が取り入れられており、豊かでオリジナリティ溢れる詩世界が展開されています。

ではそんな比喩表現が豊かで、登場する人物や事物も個性的なスピッツの詩世界を代表するテーマとは、どんなものなのでしょうか。

後半で見ていきたいと思います。

後半に続く

タイトルとURLをコピーしました