今回はローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)の名盤『レット・イット・ブリード』(Let It Bleed)を紹介したいと思います。
本作はストーンズのみならず、ロックそのものを代表する名盤といっても差支えないですね。
ロックを語るなら是非とも聴いておいてほしい一枚でもあります。
1969年にリリースされ、その重い内容にも拘わらず全英1位、全米3位でした。
プロデューサーはストーンズの全盛期を支えたジミー・ミラー。
本作の魅力を端的に表すと、ロックやバンドという音楽形式の最良のありかたが見事に提示された一枚である、ということなんじゃないかと思います。
ロックという表現形式が持つポテンシャル、得体の知れない凄みが存分に味わえる一枚です。
それでは早速一曲一曲詳しく見ていきます。
1. ギミー・シェルター “Gimme Shelter”
この曲はすごいですね…。禍々しいオーラにみちたとんでもない曲です。
最初にこのアルバムを聴いたときのインパクトは相当大きかったですね。
トレモロのエフェクトのかかった不穏なギターリフで始まり、ミックの裏声のコーラス、ギロのリズムと軽くドラムが入ってくる。
それからベースがゆっくりと入ってきて、ピアノがガーンとならされ、スネアドラムがダン、ダンと打ち鳴らされるこのイントロ。
アルバムの始まりとしてはこれ以上ないですね。
曲はその混沌とした、まるで泥の中を這いずり回っているような分厚くて重たいサウンドのまま、進んでいきます。
この禍々しい雰囲気は当時混沌を極めていたベトナム戦争から影響を受けて作られたらしく、まさに戦争のドロドロした雰囲気というものを体現しているようなトラックです。
メリー・クレイトンがコーラスを担当しているのですが、後半からほぼリードボーカルになっていって、ほぼ彼女の曲みたいになっていきます。圧巻です。
ストーンズってビートルズとは違って緻密なスタジオワークのイメージは一般的にないんですけど、実はスタジオワークにかなり力を入れているバンドだと思います。
この曲のライブバージョンをいくら聴いても、このスタジオバージョンの勢い、まがまがしいオーラに勝るものには出会えていないです。
そういう特別なオーラや雰囲気をレコードに収めることに実は長けているバンドだと思いますし、それは彼らの確かなスタジオワークの腕のたまものだとおもいます。
2. むなしき愛 “Love in Vain”
ブルースで最も伝説的なギタリスト、ロバート・ジョンソンによる名曲のカヴァー。
原曲は一般的な4拍子なのですが、このカバーバージョンでは6/8拍子になり、よりゆったりとした雰囲気が出ています。
原曲はロバート・ジョンソンのギターと歌だけですが、スライドギターやドラムも入り、原曲にはないオリジナルの印象的なイントロもあります。
このイントロのフレーズはついつい弾きたくなる名フレーズなんですよ。
歌詞の内容は今日汽車にのって自分の元を去っていってしまう恋人のことをうたっているんですけど、悲痛さが伝わってくるミックの歌もいいですね。
勿論原曲がいいというのもあるんですけど、その原曲のチョイスも含めてストーンズのカバー、アレンジのセンスっていうのは矢張り突出しているなと思いますね。
ストーンズってやっぱり「ロック」というイメージが強くて、エレキギターガンガンならしているのかなと思うかもしれないんですけど、実はアコースティックギター大好きですよね。
こういうアコースティックギターのバラードが一枚に一曲は入っていますし「ワイルド・ホーセス」などの代表曲もあります。
前作に入っていた「ストリート・ファイティング・マン」もアコースティックギターの重ねどりでえげつない音の厚みを実現させている名曲ですし、「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」のイントロのギターも実はアコースティックギターなんですよね。
3. カントリー・ホンク “Country Honk”
そのタイトルの通りシングル曲の「ホンキー・トンク・ウィメン」をカントリーミュージック調にアレンジした曲。
バイロン・バーラインという人がフィドル(ヴァイオリン)で参加していて、曲の全編にわたって演奏していて典型的なアメリカのカントリーという感じですね。
ビートルズもカントリーソングをちょくちょくやっているんですけれども、彼らとの違ってストーンズの方が本格的な味わいがします。
両グループともイギリスのバンドですが、アメリカ音楽への憧れ度合いというのには多少の温度差があって、それが音の差になっている気がしますね。
とはいえ緊張感のある楽曲群のなかリラックスした演奏が心地よい一曲。
このアルバムからブライアン・ジョーンズ(後述)の後任としてミック・テイラーがギターでストーンズに加入、参加しています。
ミック・テイラーは当時二十歳そこそこだったので大抜擢だといえます。
といってもミック・テイラーが本作で参加しているのはこの曲と次の「リヴ・ウィズ・ミー」だけで、ギターに関して言えばほぼ本作はキース・リチャードの独壇場ですね。
しかもスライドギターがちょろっと入っているだけで、ミック・テイラーの本格的な活躍は次作『スティッキー・フィンガーズ』を待たねばなりません。
4. リヴ・ウィズ・ミー “Live With Me”
重たいベースのリフ、それからタンタンタカタンという頭打ちのドラムパターンで始まるロックナンバー。
細かくカッコいいフレーズを決めてくるベースの演奏がいいですね。
特にアウトロのところでリズムが細かくなるんですけど、それがカッコいいです。
実はこれビル・ワイマンじゃなくてキース・リチャードが弾いてるんですね。
ちなみにストーンズの有名曲「悪魔を憐れむ歌」もキースがベース弾いてます。
ピアノの演奏もよくって、ストーンズにはおなじみのピアニスト、ニッキー・ホプキンス とゲストとしてレオン・ラッセルがピアノを弾いてます。
ストーンズってピアノのカッコいい曲が結構あるんで、ロックのピアノを学びたいなら本作や『メインストリートのならず者』を聴くべきだと思います。
きっと参考になるはずです。
ボビー・キーズのサックスソロもいいですね。
ボビー・キーズはこのアルバムでストーンズ作品初参加後、ツアーやアルバムでストーンズのサポートとしては欠かせない存在になっていきました。
ストーンズって結構サックスのソロが多くて、ジャズの大御所、ソニーロリンズに吹いてもらったり名演も多いです。
この曲でもミック・テイラーが参加しています。
右のチャンネルが彼の演奏ですかね。
キースのギターより端正な感じがします。
キースは格好よいフレーズをとにかく格好良くラフな感じで弾くことを徹底させていて、二人の対照的なプレイも聞き比べてみると面白いです。
5. レット・イット・ブリード “Let It Bleed”
アルバムタイトル曲。
雰囲気満点のピアノを弾いているのはイアン・スチュワート。
イアンはストーンズ結成時からのオリジナルメンバーだったんですけど、ルックスがバンドの雰囲気にそぐわないという理不尽な理由で脱退させられたんですね。
ひどい話ですけどその後も彼はストーンズにはかかわり続けて、常識人だったかれはメンバー間の人間関係の調節に一役かっていたそうです。
キースのスライドギターの熱演もいいですね。
チャーリー・ワッツのドラムは後半に行くにつれて熱気がこもってきて独特のグルーヴを聴かせてくれます。
最初の方にバックで微かにビル・ワイマンの弾くオートハープがなっていたりします。
実はこういう細かいところで面白いアレンジをやっているから侮れないです。
レコード時代のA面はここで終わり。
6. ミッドナイト・ランブラー “Midnight Rambler”
ボストン絞殺魔事件を参考にして作られたブルースナンバー。
夜の街を徘徊する殺人犯の一人称で話が進んでいきます。
構造自体はシンプルですが、7分弱の大作で、曲のテンポスピードが途中で加速していきます。
長い曲なのに飽きがこないのはテンポチェンジもそうなんですけど、ミック・ジャガーのハーモニカ、キースのスライドギターの熱演のおかげもあるでしょうね。
なんだかんだでこの二人がストーンズのブレーンであり、中心です。
ブライアン・ジョーンズがパーカッションで参加。
ブライアン・ジョーンズはストーンズの創始者である中心人物、とくにメンバーのビジュアルイメージの打ち出し方や新しい楽器の導入でストーンズの音楽に深みを与えた重要人物だったのですが、このころにはストーンズの活動からは遠ざかっていて、本作の制作途中に脱退、変わりに入ったのがミック・テイラーでした。
しかしブライアンは脱退直後に自宅のプールで溺死してしまいます。
ですのでメンバーの脱退、そして死亡、新メンバーの加入と、制作中に色々と大きな変化があったアルバムでもあります。
にも拘わらず傑作をものにしたので、本当にこの時期は創作面では波にのっていたんでしょうね。
7. ユー・ガット・ザ・シルヴァー “You Got the Silver”
キース・リチャードが全編リードボーカルをとった曲。
キースのボーカル曲はこのあともちょくちょく発表されるようになります。
代表的なものですと『メインストリートのならず者』の「ハッピー」ですね。
ストーンズのライブの中で、キースボーカルの曲はトイレ休憩タイムに利用されがちなんですけどね(笑)。
この曲にはブライアン・ジョーンズがオートハープで参加しています。
これと「ミッドナイト・ランブラー」の2曲だけですね。ブライアン参加曲は。
8. モンキー・マン “Monkey Man”
実にカッコいいイントロですね。
不穏なベースラインに、ピアノの高音部がポロンと弾かれ、ギターはボリューム奏法で管楽器のような演出をしています。
そこにリズムギターとプロデューサーのジミー・ミラーのタンバリンが絡んできて、リズム面を強化します。
そしてドラムが絡んできて…と、イントロでかなり盛り上がりますね。
「ギミー・シェルター」といい、イントロの盛り上げかたがストーンズは実に巧みですね。
歌詞の内容はドラッグの中毒の主人公の歌。「モンキーマン」はドラッグ・ジャンキーを意味しています。
似たようなテーマの曲でヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「ヘロイン」という曲がありまして、当サイトでもその音楽的な表現に関しては、過去に解説しました。
この曲でも同じように音楽的表現が工夫されていて中毒症状の苦しみと、それが緩和されたときの凪のような時間(ブリッジの部分の穏やかな部分)が音楽的に表現されています。
ベースのビル・ワイマンがベースだけでなくヴィブラフォン(鉄琴)を担当しているんですけど、それが実にいい味わいをだしていますね。
9. 無情の世界 “You Can’t Always Get What You Want”
アルバムの最後にふさわしい名曲。
一介のロックバンドがロンドン・バッハ合唱団を使ったゴージャスで荘厳なコーラスにネガティブなメッセージ(いつも欲しいものが手に入るわけじゃない)を散々連呼させた後で、「でも何回かやってれば欲しいものが手に入る時もあるよ」って言わせてるこの壮大なブラックユーモア感がたまらないです。
イントロはその豪華な合唱なんですけど、それが終わったあといったん静かになって、アコースティックギターと叙情的なホーンがなるのが素敵ですね。
人気のない早朝の景色の様な、妙に清々しい感じがします。
そこからミックの歌がようやく始まってだんだんと曲はまた賑やかになっていきます。
本作は暗くて陰鬱なテーマの曲が多めですけれども、最後にこうやってお祭りムードの明るい曲も持ってきて大団円といった終わり方になるのがいいですね。
「信じれば夢はかなう」みたいな単純なメッセージじゃなくて何度か挑戦したらいつのまにか手に入ってるかもよ、って言うメッセージにはリアリティがあります。
メッセージ自体は割りとシンプルでわかりやすい言葉なんですけど、伝え方にひねりがある、そこがこの曲が時を越えて今でも有効であって、愛される理由かなと思います。
まとめ
どうでしたか。ストーンズのアルバムのなかでも、異様なテンション、緊張感を持った楽曲を多数持ち、それぞれの曲の粒もそろっていて名曲の名演ぞろいな名盤であることがわかっていただけたらうれしいですね。
ストーンズの最高傑作は何かという議論に結論は出ませんけど、間違いなく最有力候補の一枚になるはずです。
最初と最後にとんでもない名曲にはさまれているっていうのも名盤の風格をこのアルバムが持っている一因だと思います。
ロックが好きでまだ本作を聴きこんでいない方は、是非本作にトライしてみてください。