今回は「普通じゃない音楽」、オノ・ヨーコのアルバム『フライ』(原題:Fly 1971年発表)を取り上げます。
アフロディテス・チャイルドの時もそういう話をしたんですけど、日常的に聴いている音楽とはまたちょっと違ったものを聴いてみたい、と思ったことはないですかね。
今回取り上げる『フライ』はまさにそんなアルバムで、「通常のロック」から逸脱したロックを聴かせてくれたり、我々の日常にあふれている音に関して、立ち止まって考えなおさせてくれる一枚なんですね。
1. みんながイメージするオノ・ヨーコ像
皆さんはオノ・ヨーコさん(以下敬称略)にどんな印象をお持ちでしょうか。
彼女はいうまでもなくジョン・レノンと結婚していた人ですが、それだけの認識にとどまっている方も多いんじゃないですかね。
ビートルズやジョン・レノンのファンであれば、ジョンとの出会いのエピソードや、彼女が前衛芸術家として活動していたことを知ってるかもしれないですね。
あるいはジョン・レノンの「イマジン」の歌詞の元ネタでもある「グレープフルーツジュース」という詩集を出した人という認識ぐらいはあるかもしれません。
海外ではいまだにビートルズ解散の原因として憎まれてしまったりすることもあるという認識のかたもいるかもしれません。
いずれにせよ、その知識はビートルズやジョン・レノンに付随するものが多いかと思います。
ただ、オノ・ヨーコの作品(芸術であれ音楽であれ)に本格的に触れたことがある、というひとはあまりいないのではないでしょうか。
自分と結婚した事実のみがクローズアップされ、彼女の音楽作品にはなかなか注目してもらえない状況に、パートナーであったジョン・レノン自身がもやもやしていたのかも知れないですね。
そんなわけで1980年、オノ・ヨーコの音楽が一般の音楽ファンに大々的に知られるきっかけになったアルバムが発表されます。
結果的にジョンレノンのラストアルバムになってしまった『ダブル・ファンタジー』です。
2.『ダブル・ファンタジー』の衝撃
『ダブル・ファンタジー』は男女の対話をモチーフにして、ジョンとヨーコの曲が交互に並んでいる作品です。
実は筆者がオノ・ヨーコの音楽作品に本格的に触れたのもこのアルバムがきっかけなんです。
アルバムはジョンの曲「スターティング・オーヴァー」(”(Just Like) Starting Over”)ではじまります。
TVでもCMやBGMによく使われる有名曲で、聴いたことのある人も多いかと思います。ウキウキするようなポップナンバーです。
次はオノ・ヨーコのターンです。「キス・キス・キス」(Kiss Kiss Kiss)という曲です。
「抱いて…」
……。
いきなり日本語の台詞から始まります。
洋楽を聴いていたはずなのにいきなり日本語です。
もちろん全世界共通版です。
海外の方なら何をいっているかわかりません。
歌が英語で始まりますが、その間も本人の「抱いて」という台詞が、なんとも艶かしいトーンで繰り替えされています…。
ついにはそれはエスカレートしていき、バックバンドの演奏が少なくなっていき、ヨーコさんの嬌声が堪能できます…。
この衝撃は是非味わっていただきたい…。
初めてこれを聴いたときかなりぶっとびました。
そしてアルバムでは何事もなかったかの様にジョンの曲が始まるのです。
彼女が生まれたのは1933年ですから、なんと当時は47歳でした。ジョンレノンはその時40歳。
この内容の楽曲を、あのジョン・レノンのあの「スターティング・オーヴァー」の次に入れてくるのもすごいですが、47歳でこれを発表できるのもすごいですね…。
いろんな意味で規格外の人です。
ともかくこれが僕のオノ・ヨーコの音楽との出会いでした。
ここからジョンやビートルズと通してのオノ・ヨーコではなく、彼女自身の音楽活動、芸術活動に興味が沸いてきたんですよ。
そしてオノ・ヨーコが、他のアーティストやバンドにも多くの影響を与えてきた事実をしりました。
他にも同じような経験された方って結構多いとおもうんですよね。
そして当時もこのように『ダブル・ファンタジー』はオノ・ヨーコの音楽を知らしめるきっかけになるはずでした。
しかしアルバム発売直後に、ジョン・レノンが暗殺されてしまい、『ダブル・ファンタジー』はジョン・レノンの遺作として多くの人の心に刻まれてしまったのです。
もちろんその後もオノ・ヨーコは音楽活動を続け、数々のアーティストとのコラボレーションも展開しています。
しかし、もしジョン・レノンが生きていて、二人で音楽活動を続けることができていたら、
あの事件がなかったら、
オノ・ヨーコの音楽がもっと世間に認知されていたかも知れません。
3. アルバム『フライ』の基礎知識
それではようやくですが、アルバム『フライ』を紹介していきましょう。
『フライ』が発表されたのは『ダブル・ファンタジー』の発表からさかのぼること約9年、1971年。
実はこのアルバム、同じく1971に発表されたジョンのソロアルバム、『イマジン』と同時期にレコーディングされてるんですね。
アルバムのジャケットも『イマジン』と対をなすようにヨーコの顔がアップになっています。
この手法、実は前作にあたる『ヨーコの心/プラスティック・オノ・バンド』(原題:Yoko Ono/Plastic Ono Band)とジョンのソロ『ジョンの魂』(原題:)が1970年に発表されたときでもとられた手法でジャケットがほとんど同じなんですね。
ヨーコのソロではジョンにヨーコがよりかかっていて、ジョンのソロではヨーコにジョンが寄りかかっています。
これ間違えて買ってしまった人が当時いるのではないでしょうか(笑)。
それでは具体的な『フライ』の内容を早速見ていきましょう。
4. [1枚目] 豪華なバック演奏に非凡なボーカル
本作はなんと2枚組みの大作です。
1枚目は比較的オーソドックスなブルースロックの演奏にヨーコさんの非凡なボーカルが絡む曲でまとまっています。
2枚めは彼女の前衛芸術家としての面目躍如たる内容で、実験的な要素が強いです。
それでは1枚めの代表的な曲をピックアップしてみていきましょう。
スタンダードなブルースロックに異様なシャウト
- 「ミッドサマー・ニューヨーク」 ”Midsummer New York”
バックは普通のブルースロックっぽい典型的なもの。
この曲を非凡なものにしているのはやっぱりオノ・ヨーコのボーカルなんですね。
エルビス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」を下敷きにして、一種のパロディになっている曲。
このアルバムで、ドラムは有名セッションミュージシャンの、ジム・ケルトナー。
ベースはビートルズの『リボルバー』のジャケットデザインで有名なクラウス・フォアマン。
ギターは基本的にジョンが担当しています。
16分という長さを感じさせない本作のベストトラック
- 「マインドトレイン」”Mind Train”
本作で一曲だけ選べ、といわれたら迷わずこれです。
ファンクナンバーに、ヨーコさんのボーカルが延々と続く曲。
これは時代を先取りしてますよね。
バックが凄いしっかりしてるからそれだけでノリノリなんすけどそこにオノ・ヨーコの呪術的なボーカル、というかほとんどラップ、奇声が入ることで実に中毒性が高いトラックになってます。
超格好いい。
まず聴いてほしい曲です。
マンブルラップで有名なプレイボーイ・カルティとか好きな人ならはまるんじゃないでしょうか。
声の力というかボーカルの扇動力というか、強力なグルーヴ×リズムに乗った強烈な声の効果を改めて思い知らされますね。
16分の長尺曲なんですが、飽きて来ない。
ずっと聴いていられます。
まずはこれでオノ・ヨーコの格好よさを知ってください。
「ヘイ・ジュード」のヨーコ版
- 「ドント・ウォーリー・キョーコ」Don't Worry Kyoko (Mummy's Only Looking for Her Hand in the Snow)
ジョンのソロシングル「コールド・ターキー」(”Cold Turkey”)のB面曲でした。
この曲ではギターにエリック・クラプトン、ドラムにリンゴ・スターが参加。
キョーコとはヨーコの元夫、アンソニー・コックスとの間に生まれた娘の名前です。
曲の背景にはアンソニー・コックスとの親権の争いが背景にありました。
「ドント・ウォーリー・キョーコ」は自分の娘に対するメッセージソングでもあったんです。
ビートルズの「ヘイ・ジュード」がジョンの最初の妻との息子、ジュリアンを励ますために作られたのと似ていますね。
作曲はポールでしたが。
結局ヨーコさんが娘と再開するのは1990年代までまたなければいけなかったようです。
いきなり彼女のシャウトというかほとんど奇声で始まり、Don't Worryと繰り返されてるのですが…。
正直自分がキョーコさんだったとしてこの曲で励まされるかどうかは疑問です…。
皆さんはどう思いますでしょうか。
”Open”という言葉で組み立てられた言葉遊びの曲
- 「ヒラケ」”Hirake”
ファンクプラス奇声で始まり、タイトル通り”Open”という言葉をキーに展開させていく曲。
最初は”Open Your Box”というタイトルでシングルB面として発表されました。
ドラムはジム・ゴードン。
リンゴ・スター、ジム・ケルトナーなど、本作はこのようにドラマー陣が結構豪華なんですよね。
日常生活のあの音も「音楽」に
- 「トイレット・ピース」 "Toilet Piece/Unknown"
タイトルそのまま、トイレが流れる音を録音したもの。
彼女が属していた前衛芸術の一派フルクサスのコンピレーションアルバムにも収録されていました。
5. 実験的要素の強い2枚目
2枚目は実験的な要素がさらに強くなります。
これはもう聴いてもらうしかないですね…。
言葉で説明するのは困難ですし、無意味な感じもします。
代表的なものを紹介していきます。
- 「エアメール」"Airmale"
ポリネシア風民族音楽にヨーコのボーカルが絡む楽曲。
イントロの叫びがお笑いコンビ、ゆにばーすのはらさんの奇声に聞こえるのは僕だけでしょうか。
- 「フライ」”Fly”
アルバムのタイトルトラック。
ハエが飛ぶ音の声帯模写が23分続く曲。
が、聴いていうちにこのFlyの意味が変容してくる感じかしてきます。ただの女性の奇声に聞こえてしまう瞬間があります。
それならそれでそれにはどのような感情がのっかているのかと考えてしまいます。あるいは”Fly”というタイトルが「ハエ」ではなく、「飛ぶ」という意味ではないかと思えてきたり。
ずっと聴いているといろいろなことを考えずにはいられません。
後半はなにかの曲の逆回転ノイズが入ってきますが、基本は声一本で23分の曲。
- 「テレフォン・ピース」”Telephone Piece”
電話小品とでも訳しましょうか。
その名の通り電話のベルが鳴るだけの曲。
レコードが発売される国にあわせてわざわざその国の電話のベルの音にあわせて内容が変えられていたようです。
ということで日本版では懐かしいあの黒電話のなる音が聴けます。
まとめ
「こんな音楽聴いて何になるの?楽しいの?」「これは音楽じゃない」
って言う人とか絶対いると思うんですね。
でも、なんていえばいいんでしょうね、こういう「音」が必要とされる場面が、もちろんいつもではないですけど、たまに本当に来るんですね。
違う視点をもらえるというか。全然違う場所に連れて行ってくれるというか。
あるいは「普通の」ポップスに疲れてしまったときなどに。
こういうアルバムが棚に一枚あるだけでちょっと人生違うぞっていう。
といっても一枚目は書いた通り割とオーソドックスなロック曲もありますので、それほど構えずに聴いていただければと思います。
またいままでビートルズ、ジョン・レノンの文脈でしかオノ・ヨーコを捕らえていなかった人も是非聴いていただきたいです。
様々なアーティストにも影響を与えたと書きましたが、他ならないジョン・レノンのビートルズ後期からソロ期の音楽に1番大きな影響を与えたのがオノ・ヨーコなのは間違いないのです。
差し出がましいようですが、そのこともまた念頭においてどういう人なんだろうと興味をもって聴いていただければと思います。
(文中敬称略。一人だけ特別扱いするのもおかしいので敬称略にしましたが、なんだか書いてて凄く居心地が悪かったですね…。また、アルバムのクレジットを忠実になぞると、ヨーコ・オノが正しいかも知れませんが、日本語としての親しみやすさを取ってオノ・ヨーコとしました。)