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斉藤和義デビュー曲「僕の見たビートルズはTVの中」

今回は1993年の斉藤和義のデビュー曲「僕の見たビートルズはTVの中」を取り上げます。

斉藤和義の代表曲なら「歩いて帰ろう」「歌うたいのバラッド」など他にも有名な曲があるのにどうしてわざわざ知名度の低いこの曲を?

と思うかもしれません。

が、デビュー曲にして読み解く価値のある傑作ですのでここで取り上げます。

  • 繰り返されるタイトルの意味は?
  • 密かに引用されている歌は何か?

そんなところに注目しながらみていきます。




1. 新しいことはやっていないのに古くない曲


70年代前半に日本でよくあったようなフォークソングみたいな曲調ですね。

それこそ吉田拓郎がやっていそうな感じです。

吉田拓郎ならもっと一小節に言葉をたくさん詰め込んだかもしれません。

が、斉藤和義は比較的伸びやかに歌っていて、その声の伸びがとても気持ちがいいです。

リズムがゆったりしていますが細かくハネてもいて、それが独特のノリを生み出して心地よさを演出しています。

ずっと聴けちゃうんですよね。

事実これを書いている今も、繰り返しずっと聴いていますが、全く飽きない。

この曲が発表されたのは1993年ですが、当時からしても、音楽的には新しいことは何にもやっていません。

同じようなサウンドは、それこそビートルズが活躍した60年代の後半でも容易に存在したでしょう。

それならば当時この曲は、時代に合っていないような古臭い曲だったのでしょうか?

当然そんなことはありません。

何故でしょうか。

歌詞が当時の時代の雰囲気を見事に切り取っているからです。

それではこの曲が発表された1993年とは一体どんな年だったのでしょうか。

2. 1993年、バブルとその緩やかな崩壊

日本は空前の好景気であったバブル景気がはじけた直後でした。

実は1993年はバブルの崩壊がひと段落したと定義されている年でもあります。

そして、高度経済成長をへて、バブルが収束したということは、日本が豊かになりきったということでもあります。

というわけで、一部投機などで大損をした人たちを除いては、当時の雰囲気としてはまだまだバブルの面影を引きずっていたとしてもおかしくはありません。

さっきも言ったように我々の生活はもうすでに十分豊かになっていたのです。

そしてそれは閉塞感の始まりでもありました。

そんな当時の状況を反映した1番のAメロから見ていきましょう。



3. 歌詞解説

飽食の時代で生きるということ

欲しい物なら 揃いすぎている時代さ
僕は食うことに困った事などない
狭い部屋でも住んじまえば都さ
テレビにビデオ ステレオやギターもある

夜でも街はうっとうしいほどの人
石を投げれば酔っぱらいにあたる
おじさんは言う「あのころはよかったな…」
わかる気もするけど タイムマシンはない

最初の A メロでは主人公である「僕」の世界が描かれています。

自分の生活に何一つ不自由なものはないということが描かれています。

不思議なことにそれほど満足げではありません。

その理由は後々にわかっていきますのでひとまずおいておきましょう。

「おじさん」の登場

2回目のAメロでは ここでおじさんという存在が出てきますね。

ここで言うおじさんとはもちろん特定の人物ではなく、一般化された「おじさん」になります。

おじさんの「あのころはよかったな…」という愚痴に、半分同意しつつも、「タイムマシーンはない」と同時に反発もしています。

この共感と反発という態度が主人公の「おじさん」に対するこの曲での一貫する態度になります。

「おじさん」のプロファイル

歌の主人公=歌い手と安易に決めつけるのはあまりよくはありませんが、ここではひとまずそういうことにしておきましょう。

斉藤和義は1966年生まれですから1993年当時は20代後半です。

その立場から見て「おじさん」ということは、大体40代から50代ぐらいでしょうか。

そうするとその「おじさん」たちは10代や20代の時1960年代をすごしたことになります。

それすなわち、ビートルズをリアルタイムで経験し、高度経済成長期の日本でビジネスマンとして活躍し、ひょっとしたら学生運動に参加していたかもしれない人になります。

ここで想定されている「おじさん」のプロファイルとしてはこんなものでしょうか。

斉藤和義はそんな「おじさん」に半分共感して、半分は反発しているのです。

ではそれを、踏まえて先に進んでサビにいきましょう。

4. サビ前半部分

あの有名曲の引用

さあ、いよいよサビです。

雨の降る日は、どこへも出たくない
だけど、大切な傘がないわけじゃない
短くなるスカートはいいとしても
僕の見たビートルズはTVの中

ここのところはちょっといままでのところと雰囲気が違います。

いきなり雨と傘の話がでてくるのです。

実はこれ、井上陽水の「傘がない」という曲を念頭においているのです。

どうしてそうだといいきれるかというと、わざわざ「傘がない」ってキーフレーズをだしてからそれを否定しているんですね。

普通は「傘はあるんだけど出たくない」でいいじゃないですか。

わざわざこんな言い回しにすることで匂わせているんですね。

また、斉藤和義は歌詞の中にロックの文脈の引用をするのが結構好きな歌手でして、「幸福な朝食 退屈な夕食」でも明らかにローリング・ストーンズキース・リチャーズを連想させる描写が出てきたりします。

「傘がない」は1972年に発表された曲です。

当時は下火になっていたとはいえ、まだまだ学生運動が盛んな時期ではありました。

しかし「傘がない」は当時のそういったシリアスな雰囲気に対してちょっと冷めた態度で、のぞんでいるんですね。

例えばこの曲は、

都会では自殺する若者が増えている

と始まるのですが、歌の主人公は、

今日恋人のうちに行くのに雨の中さしていく傘がない

という事の方が問題だと言っているんです。

もちろん単純に「雨」は雨ではないし、「傘」は傘ではないでしょう。

「雨」は個人的な様々な問題、例えば金銭的苦境であったり人間関係の悩みの比喩だったりするでしょう。

とすると「傘」はそれを解決したり、それから守ってくれる対策であったり防御装置の比喩となります。

社会問題よりもそういった個人的な事柄がいまは問題なんだという歌なのです。

さて、それではこの井上陽水の「傘がない」を踏まえて、サビの前半を読み解いてみたいとおもいます。

表面的な意味、隠された意味

雨の降る日は、どこへも出たくない
だけど、大切な傘がないわけじゃない

表面的にとらえれば「雨が降っている日は傘はもっているけれど、でかけるのはおっくうだなぁ」ぐらいの意味になります。

しかし、先ほどの「傘がない」と踏まえると、

個人的な悩みがないわけではないが、かといってそれがどうしようもないというわけでもない

という意味になります。

「雨」という個人的な問題はもちろんあるんだけど、「傘」という解決策はなんとなくもっているんだけど、億劫なんだよね、

ということです。

なんと、特に不満もないんだと歌っているAメロと一緒ですね。

けれどもどうしようもない不満が一つあるんです。

それが不満がないということであり、「僕のみたビートルズはテレビの中」という問題です。

一体なんのこっちゃ、ですよね。

丁寧に解説していきます。

5. 「僕の見たビートルズはTVの中」の意味

ではサビの後半を解釈していきましょう。

短くなるスカートはいいとしても
僕の見たビートルズはTVの中

短くなるスカートはいいとしても、の部分は少しおいといて、僕の見たビートルズはTVの中ってどういうことなんでしょうね。

ではそのために、ここでビートルズ、そして彼らが活躍した1960年代という時代についておさらいしてみましょう。

ビートルズと1960年代

ビートルズは1962年にデビューして1970年に解散しました。斉藤和義が生まれたのは1966年です。つまり彼が物心つく前にはすでにビートルズは解散していました。

ビートルズの音楽は1974年にヒットチャートの1位から5位までを独占し、アメリカを制覇しました。

ビートルズに限らず、ザ・フー、ローリング・ストーンズなども次々にアメリカに進出し、チャートをにぎわせました。

そしてアメリカでもビートルズやその他イギリスのロックバンドの動きに呼応するようにロックが盛り上がっていたのです。

そう60年代は誰もが認めるロックの黄金時代だったのです。

ロックに限らず60年代はカウンターカルチャーといわれる若者文化が花ひらいた時代でもありました。

しかし、ロックの社会的影響力は60年代をピークに徐々に減少していきました。

その後も「ロックは死んだ」など言われ続けながら、「ロック」はパンク、メタル、グランジなどの音楽として形態を変えながら生き長らえてきました。

が、最盛期はやはり1960年代だったのです。

そう、斉藤和義はビートルズに象徴される60年代のロック黄金期を青春時代に体験できず、TVの画面やレコードを通してしか当時の雰囲気を知ることしかできなかったのです。

「ロックが終わってしまって」からしか音楽家として活動できなかったのです。

それが「僕の見たビートルズはTVの中」という嘆きなのです。

サビ後半部の解釈

ということで、

短くなるスカートはいいとしても
僕の見たビートルズはTVの中

を解釈すると、

時代を経て良くなっている部分は「女の子の服装が大胆になってきた」ということだけで、

大きなイベントはもう終わってしまった、という嘆きなんだということがわかります。

そしてこれが「おじさん」に共感している部分だったのです。

「おじさん」のプロファイルを考慮すると、「おじさん」は青春時代にビートルズやカウンターカルチャーの最盛を体験しています。

そういったいみで「おじさん」の「昔はよかったな」というボヤキに共感しているのです。

そして何も単純に音楽だけの話をしているわけではありません。

日本は戦後から常に成長し続けてきました。

欧米に追いつけ、追い越せ出やってきました。

そして表面上に実にうまくやってきました。

そうやって経済が伸びている段階では実に充実感があったことでしょう。

すこしづつ豊かになってきている、成長しているという実感をえながら「おじさん」は働いてきたはずです。

しかし1993年に若者だった斉藤和義はどうでしょうか。

1番のAメロにもある通り、もう「欲しい物なら 揃いすぎている」のです。

そうです、これがこの曲の頭から続いている不満なのです。

日本は豊かになりきってしまったし、ロックの黄金時代は過ぎてしまった。

躍動感のある時代、成長を感じられる時代はすぎてしまいました。

大きなイベントはすでに終わってしまい、それはビートルズと同じで、もはやTVや本のなかのアーカイヴでしか味わえないのです。

6. 2番以降の歌詞

ここまでくれば2番以降は同じ要領で解釈できるかと思います。

緊張感を感じられない時代さ
僕はマシンガンを撃ったことなどない
ブラウン管には今日も戦車が横切る
僕の前には さめた北風が吹く
ぬるま湯の中 首までつかってる.
いつか凍るの? それとも煮え立つの?
なぜだか妙に“イマジン”が聞きたい
そしてお前の胸で眠りたい…

遠いどこかの国では戦争が起こっているわけで、それは当事者にとっては深刻な事態なのですが、

いま自分の生活の中では距離のある話です。

かといってそんな安穏とした状態がいつまで続くかもわからないということは感じていて、

現状に危機感を、感じてはいるのです。

そして、ここでまた歌の引用があります。

ジョンレノン『イマジン』です。

訳の解らない流行りに流されて
浮き足立った奴等がこの街の主流
おじさんは言う「日本も変わったな…」
お互い棚の上に登りゃ神様さ!

解らないものは解らないけどスッとしない
ずっとひねくれているばっかじゃ能がない
波風のない空気は吸いたくない

僕の見たビートルズはTVの中…
僕の見たビートルズはTVの中…
僕の見たビートルズはTVの中…

歌の主人公は、当時の主流な若者たちにも、なんとなく馴染めていないのがわかります。

ここでまたおじさんが登場してきます。

そして1番のサビと同じような構造がありますね。

おじさんへの共感と反発です。

「お互い棚の上に登りゃ神様さ」と言う事はどういうことなのでしょうか。

この「日本も変わったな」と言うセリフは、おそらくおじさんが若い頃それこそ60年代に青春を体験したおじさんたちが上の世代から言われてきたことと、同じではないでしょうか。

「いまの若いもんは…」といつの時代も繰り返しいわれることを揶揄しているんですね。

そして「僕の見たビートルズはTVの中…」という嘆きが繰り返されて、この曲は終わります。



まとめ

どうでしょう。いかがだったでしょうか。

これ、最初に言った通り斉藤和義のデビュー曲です。

出発点でもうすでに自分がやろうとしているロックに対して、「もう終わってしまった」という宣言をしているんですね。

それでもこの曲がそれほど後ろ向きに感じられないのは、彼が昔を単に懐かしんでいる「おじさん」に同調してはいないという点ですね。

「ずっとひねくれているばっかじゃ能がない」ってことはわかっているんです。

一番大事な祭りはおわってしまったけれども、自分がやりたいこと、やれることはある、

そういう隠れたメッセージがよみとれるのではないでしょうか。

1993年以降

とは言いつつも1993年はまだまだニルヴァーナを筆頭とするグランジブームは終わっていませんでしたし、

2000年代にはストロークスやホワイト・ストライプス、リバティーンズに代表されるロックンロールリバイバルというムーブメントもあり、

まだまだロックはなんとか生き長らえていたんですけどね。

が、ロックが社会現象足りえたのはグランジが最後で、

今世界の音楽で一番勢いがあって、社会的な影響力がもっともあるのはヒップホップです。

生まれたのがあと30年遅かったら、斉藤和義はヒップホップをやっていて、こんな風に嘆かなくてもよかったかもしれません。

そして社会のことではどうでしょう。

93年当時日本社会は「豊か」になりきっていた、そして日本は世界でも1、2を争う「すばらしく」、「進んでいて」「幸福な」国だということを信じきっていたかとおもいます。

しかし現在はどうでしょう、インターネットを通して海外の様子、そして今まで表面化してなかった個人の悲痛な叫びが明るみにでて、「われわれは文化的に本当に豊かになったといえるのだろうか?」と思えるような問題が散見されるようになってきたかと思います。

そんな今、皆さんの耳にはこの曲がどう響いているのでしょうか。

(文中敬称略)

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