今回はMr.Childrenの5枚目のアルバム『深海』を取り上げます。
彼等のキャリアの中で最もダークな作品ですね。
それと同時にコアなファンに人気のある作品でもあります。
内容もそうですがサウンドにも前作と比較して結構な変化があり、際立った特徴もいくつかありますのでその点を分析しながら全曲、紹介、解説していきます。
また、本作のテーマはいったい何なのか、という話もしていきます。
深海までの経緯
『深海』は1996年6月に発売されたアルバムでして、前作『Atomic Heart』からの1年半以上のブランクがあいています。
今までのアルバムリリースペースからすると少しブランクが長いです。
今となってはこれぐらいのブランクは珍しくはないですが、当時は音楽市場そのものの景気の良さもあったのでハイペースでリリースがありました。
間隔があいたとはいえ、その間何にもしていなかったわけではなく、むしろ黄金期とも言えるような名曲シングルを連発していました。
ざっとおさらいしてみると、
1994年
11月「Tomorrow never knows」
12月「everybody goes-秩序のない現代にドロップキック-」
1995年
5月「【es】 〜Theme of es〜」
8月「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜」
1996年
2月「名もなき詩」
4月「花 -Mémento-Mori-」
この内「Tomorrow never knows」はダブルミリオン、276.6万枚のセールスを誇っています。
シングル「CROSS ROAD」からの快進撃はとまらずですね。
さらにこの他にも1995年1月には「奇跡の地球」を桑田佳祐さんとのコラボ企画として発表しています。
CDが最も売れていた時期でもあってシングル全盛期とでもいえる充実期でしたね。
では『深海』はこれらのシングルを全て収録した恐ろしいアルバムだったのでしょうか。
『深海』の特徴
『深海』はある一定のテーマや物語に沿った楽曲を収録したアルバム、いわゆるコンセプトアルバムとして作られたアルバムでした。
コンセプトアルバムとして有名なのはビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』やピンク・フロイドの『狂気』がありますね。
という事でアルバムの雰囲気や統一感が重視され、先に発表されていた4枚のシングル「Tomorrow never knows」「everybody goes-秩序のない現代にドロップキック-」「【es】 〜Theme of es〜」「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜」の4曲は『深海』には未収録となりました。
ではそのコンセプト、テーマとは『深海』の場合なんなのでしょうか。
後ほど詳しく見ていきます。
のちのち詳しく述べますが歌い方も前作からかわりました。
そして、歌詞カードも音楽性の変化にあわせるように、ざらついた荒い紙質で、白ではなくベージュに近い色の上に歌詞が印刷されてます。
また本作から小林武史さんとの共作曲がなくなり、桜井さんの単独の作詞作曲のみでアルバムが構成されています。
これ以降全てのアルバムでこれがスタンダードになっていきます。
これは大きな変化ですね。
では早速曲紹介です。
1. Dive
前作同様インストゥルメンタルからアルバムが幕をあけます。
タイトルまんまで、それなりには質量のあるものが水中に落下する音とストリングスの演奏です。
次の曲にそのまま続いていきます。
2. シーラカンス
アコースティックギターのゆったりとした歌からひずんだギターリフに突入するロックナンバー。
本作はミスチルのキャリアの中でもっともロックバンド然としたアルバムでもあります。
本作をプログレっぽいと評する人がいますが、コンセプトアルバムである点や、この曲を前提としていてそうですね。
アレンジやギターのトーンなどなんとなくピンク・フロイドから影響を受けていそうです。
タイトルや歌詞に出てくるシーラカンスとは生きる化石ともいわれている、古代からずっと残っている魚類のことですが、いったいシーラカンスによって何を表現したいのでしょうか。
どういう意味なんでしょうか。
シーラカンス
君はまだ深い海の底で静かに生きてるの?
シーラカンス
君はまだ七色に光る海を渡る夢見るの?
あくまでも一つの解釈ですが、ここでいうシーラカンスは「ずっとかわらないもの」ということの象徴として使われているような気がします。
(シーラカンス) 僕の心の中に
(シーラカンス) 君が確かに住んでいたような気さえもする
(シーラカンス)ときたま僕は 僕の愛する人の中に君を探したりしてる
(シーラカンス) 君を見つけだせたりする
逆にいえば「ずっと変わらずにいるもの」を追い求めているんだけれども、そんなものはなくて戸惑いと混乱の中にいるとも取れます。
時々はそれらしきものにたどり着くこともあるんだけれども、それは深海に潜むシーラカンスの様に闇へとまた消えていってしまう…。
そういったことを表しているような気がします。
そしてこのテーマがアルバム全体を貫いている気がします。
「かわってしまった」ことにより失ってしまった愛を描く「手紙」「ありふれたLove Story 〜男女問題はいつも面倒だ〜」「ゆりかごのある丘から」。
「かわらないものを追い求めようとする心」を描いた「名もなき詩」または「かわらないものそのもの(愛)」を描いた「mirror」。
「めまぐるしくシステムや価値観が変わっていく混沌とする現代」を描いた「So Let’s Get Truth」「マシンガンをぶっ放せ」。
『深海』というアルバムの全体を定義する、コンセプトを提示するという意味でもオープニングにふさわしい一曲です。
3. 手紙
アコースティックギターとストリングスの演奏をバックに別れた恋人への想い、未練を綴るラブソング。
編成もシンプルですが曲も3分にも満たない小品です。
本作の特長の一つとして、他のアルバムに比べて短めの曲と長めの曲が多いですね。
前の曲の終わりから切れ目なく始まりますが、それも本作の特長でコンセプトアルバムらしさを意識した作りになってますね。
ピアノやギターなどの弾き語りとストリングスだけの伴奏という曲はこれまでも何曲かありましたが、比較してみると桜井さんの歌い方や声質の変化を感じていただけると思います。
4. ありふれたLove Story 〜男女問題はいつも面倒だ〜
1組のカップルの出会いから別れまで時系列で歌うタイトル通りのラブストーリーソング。
曲の歌い出しからちゃらちゃらなっているのは12弦ギターとマンドリンですかね。
本作の特長としてアコースティックギターを前面にフィーチャーした曲が多いというのがあります。
今まで見てきた「シーラカンス」や「手紙」もそうですし、シングル「花」もそうですね。
次の曲「Mirror」もフォークソング調ですし「So Let’s Get Truth」もアコースティックギターとハーモニカによる弾き語り、「マシンガンをぶっ放せ」もアコースティックギターが印象的です。
前作は打ち込みサウンドや機械的な歪みなど、デジタルな雰囲気があり、バラエティに富んだ内容が売りでした。
本作は、アコースティックギターやフォークインスト、ナチュラルな質感のエレキギターなどで曲調もロックやフォーク、ブルースなどにより近く、より泥臭いサウンド、アナログなサウンドになっています。
5. Mirror
ダークな曲ばかりが続く中で唯一手放しで明るさを感じる3分弱の小品。
うきうきするようなはねたリズムで、穏やかな休日の昼下がりに散歩しながら聴きたくなるような可愛らしいラブソングです。
ベスト・アルバム『Mr.Children 1996-2000』にも収録されたんですけど地味な小品だと思っていたので意外でした。
たしかにいい曲ではあるんですけどね。
歌詞にあるように「単純明快なラブソング」で「窓際に腰下ろしてフォークギター抱えて」歌われるようなフォークソング。
やわらかな音色のエレクトリックピアノが心地よいナンバー。
6. Making Songs
その名の通り、何曲かのデモをつなぎ合わせて作曲風景を描き出した1分強のナンバー。
本作はギターでつくったような曲が多いと思いますが、それを裏付けるかのようにピアノの伴奏のデモは一曲のみで、あとは全部ギターです。
最後に「名もなき詩」の一説がうたわれて次の本番へのイントロになっています。
7. 名もなき詩
10枚目のシングル。
この前のシングルが「シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜」。
歌い方がこの「名もなき詩」で変化して、それがこのアルバム全体にひきつがれています。
クリアで透明感があるポップス向きの歌い方というよりはロックやブルースに近づいたざらついた歌唱になっています。
サビの控えめなブラスや2番のAメロから登場するアコーディオンなどを除くとほぼバンドのみのミスチルにしてはシンプルなアレンジ。
スライドバーを使ったギターソロもあります。
しかしそんなアレンジでもバンドそのもそというかあくまでも桜井さんの歌が前面に出ているところがミスチルっぽい。
ただ、そこがロックバンドとしていまいち玄人筋に評価されにくい一因だとは思います。
8. So Let’s Get Truth
アコースティックギターとハーモニカの弾き語り曲で、特徴ある歌い方はおそらく長渕剛さんのパロディ。歌い方とかまんまですね。
しかし、この曲の皮肉交じりで世相を切るみたいなスタイルは長渕さんというよりは当時親交のあった桑田圭介さんの影響を強く感じます。
前作の『Atomic Heart』から社会派ともいうべき社会問題を少しずつとりいれて、ファンタジックな詩作からリアリスティックな詩作へと変化していきましたが、その路線を推し進めていった一曲。
実は『Atomic Heart』と本作の間に、「everybody goes-秩序のない現代にドロップキック-」や「シーソーゲーム」のカップリング曲で「フラジャイル」という曲があるんですけど、それらの曲も社会風刺たっぷりなんですよね。
なので『Atomic Heart』からいきなり本作を聴くと結構劇的に変わったなという印象を持つかもしれないんですけど、実はその前にワンクッションあったんです。
9. 臨時ニュース
ラジオかテレビかは不明ですが、ころころとチャンネルが変わっていく様子をとらえたSkit(寸劇)。
「名もなき詩」のカップリング「また会えるかな」が一瞬流れるという遊び心もナイス。
ニュースつながりで次の「マシンガンをぶっ放せ」に続きます。
10. マシンガンをぶっ放せ
後に12枚目のシングル「マシンガンをぶっ放せ -Mr.Children Bootleg-」としてシングルカットされた一曲。
ミスチルのシングル史上「everybody goes-秩序のない現代にドロップキック-」に並ぶ攻撃的な曲。
歌詞もそうですが、ドラムとアコースティックギターがカッコいい一曲でミスチル流フォークロックの到達点とも呼べる傑作だとおもいます。
ミスチルのベストアルバムを独自に作るとしたら絶対にはずせない一曲。
ロックバンドとしてのミスチルはこの曲やこのアルバムがピークだと思います。
7枚目の「Discovery」で一瞬ロックに立ち返っていきましたが、それ以降はどんどんポップでマイルドなバンドになって行きます。
11. ゆりかごのある丘から
前の曲がヘリコプターのSEで終わってそのまま続けてこの曲が始まります。
演奏時間が本作最長の楽曲。
若い兵士が戦場から戻ってきたら、恋人はすでに他の誰かと一緒になってしまっていたという悲恋を描いています。
「争いに勝った」というフレーズがあることから、太平洋戦争後の日本の話ではなく、どこか架空の戦争の話を想定していそうですね。
戦争の悲惨さを描くとかそういう話でもなく、あくまで恋人が誰かの元にいってしまうというシチュエーションを作り出すための舞台装置という感じですね。
内容的には3曲目の「手紙」と重なる部分が多いです。
12. 虜
シャウト気味の熱いボーカル、ひずんだギターをフィーチャーしたソウルフルでヘビーなロックナンバー。
女性コーラスを大胆にフィーチャーした後半も聞き物ですが、特筆すべきは桜井さんの歌唱でしょうね。
いつになくワイルドで振り絞るような歌が聴けます。
3枚目の『Versus』の「and I close to you」をさらに推し進めたような、恋におぼれ、嫉妬で狂いそうな男を描いています。
13. 花 -Mémento-Mori-
11枚目のシングル。
副題のMémento-Mori(メメント・モリ)とはラテン語で「死を忘れるな」という「自分がいずれ死すべき存在であることを忘れるな」ってことなんですけれど。
いずれ自分が死すべき存在であることを念頭におきつつも自分の現状や人生を振り返るような歌詞になっていますね。
今までの人生を振り返るという歌詞は今まででは「innocent world」が代表的な曲ですけれども、「innocent world」よりもネガティブな要素が多い内容ですね。
サビで前向きに転じるのは両者同じですが、導入が感傷的ではあったけれども「暗い」とまでは行かなかった「innocent world」に対して、「花」ははっきり「暗い」です。
ため息色した 通い慣れた道
人混みの中へ 吸い込まれてく
消えてった小さな夢を
なんとなくね 数えて
延々と繰り返す日常に対する疲れ、かなわなかった夢に対するちょっとした後悔で歌は幕をあけるのです。
しかしながら先ほどちょっと触れましたが、「それでも自分らしさを発揮してなんとか前向きに日常をこなしていこう」というメッセージにサビで転じますね。
その転換と落差が「花」の面白いところ、勇気付ける力をもつところだと思います。
「今ある一切を引き受けて明日に向かおう」という内容は、言い回しを変えて、このころのミスチルに頻繁に登場するテーマですけどこれもその系譜に入りますね。
また「innocent world」と「花」の比較に戻りますと、面白いことに両者はサウンドの作りが間逆です。
「innocent world」では透明感のあるさわやかなアコースティックサウンドやシンセ、重ねどりして厚みのあるボーカル、が特徴的でした。
対して「花」は同じアコースティックサウンドでもエフェクトで加工した物ではなく「生の音」の質感が重視されていて、でボーカルもハモリやブリッジ部分を除いては重ねどりはせず生っぽさを重視しています。
前のシングルの「名もなき詩」に近いアレンジですね。
編成も普通のバンド編成にうっすらとバックにオルガンがずっとなっているというシンプルなものになっています。
今までのシングル群の中でも1番シンプルな音なのではないでしょうか。
そしてアレンジがシンプルな楽曲が多いのはやはり本作の特徴ですね。
「花」ソングのヒット曲の系譜の中でみてみてもかなり影のある部類ですよね。
「花」ソングは古くは喜納昌吉&チャンプルーズ「花〜すべての人の心に花を〜」からオレンジレンジの「花」 SMAPの「世界に一つだけの花」など色々とあります。
このなかではテーマとしては「世界に一つだけの花」に近いですね。
「それぞれの個性を生かして花のように咲き誇って生きよう」というテーマですね。
SMAPの方がよりファンタジックで理想主義的で一般的な共感を得やすい歌詞に対し、ミスチルの方がよりリアリスティックで深い共感をえられる内容だと思います。
14. 深海
アルバムのタイトルトラックでクロージングナンバー。
『深海』のアルバムの中では珍しく、ギターではなくピアノのバッキングから始まって徐々にストリングスやドラム、ギターが入ってきて盛り上がっていく構成になっていますね。
ここでも冒頭の2曲目「シーラカンス」同様、シーラカンスが歌詞に出てきます。
シーラカンス
これから君は何処へ進化むんだい
Oh シーラカンス
これから君は何処へ向かうんだい
2曲目の「シーラカンス」ではシーラカンスは「かわらないもの」、「普遍的なもの」を象徴している、というようなことをいいましたが、ここではちょっとそのニュアンスは変わって「時代」「ずっと昔から続いている時の流れ」のようなものを表象しているように受け取れます。
それはシーラカンスが古代から一貫して存在しつづけており、深海でひっそりを各時代が流れていくのを見てきたというイメージからきています。
そしてそのような大きな視点から見ると歌の主人公がいうように、
失くす物など何もない
んですけど、そうはいっても達観しきれるはずもなく、
とは言え我が身は可愛くて
と続くあたり共感できますね。
そして歌は下記の様なシャウトを繰り返して終わっていきます。
連れてってくれないか
連れ戻してくれないか
僕を
僕も
これはシーラカンスに対する呼びかけととるのが自然ですね。
そしてシーラカンスが、「ずっと昔から続いている時の流れ」の象徴だとするならば、「連れてってくれないか」は未来に対する希望、「連れ戻してくれないか」は過去に対する憧れのようなものを表していそうです。
いずれにしても「現在」に対する戸惑いの現れ、なのかもしれないですね。
そして最後は海の底の方へと、深海へと潜っていく音でアルバムは幕を閉じます。
まとめ~1995年~
コアなファンに人気の作品だけあってかなり濃い内容の一枚でした。
前作の『Atomic Heart』や3枚目の『Versus』ほどのバラエティの豊かさは無いですが、定められたコンセプトの中で飽きのこない作りになっていて、濃厚な体験が出来るのは流石だと思います。
本作を最高傑作に挙げる意見が多いのも納得ですね。
それから内容的には今までのミスチルからは考えられないぐらいダークですけど、これには少なからず時代、1996年のムードというのはあるでしょうね。
90年代の前半でバブルが崩壊し、どんどんと景気が悪くなっていくわけですけれども、そのムードもありましたし、1995年は頭から阪神・淡路大震災及び地下鉄サリン事件が起こり、多数の犠牲者をだし、社会の不安が高まった時期でもありました。
その95年のムードを引きずったのが本作だったのかもしれないです。
非常にハイペースで駆け抜けてきたミスチルですが、このあとは1枚のシングルと1枚のアルバム『BOLERO』を出して活動を一旦停止、休養期間に入ります。