今回は2000年代の中頃に登場し、瞬く間に時代を代表するロックバンドになった、Arctic Monkeysの全アルバムレビューをお送りしたいと思います。一応ファーストアルバム近辺からリアルタイムで聞いてきたこともあり、今聴いてどう評価するかに加えて、当時自分がどのような受け止め方をしてきたかみたいなことも並行して書いていきます。それから一応一枚ずつ10点満点で点数をつけています。
『Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not』2006年
ガレージパンクの勢いにオルタナティブロックの複雑性とメロウさを巧みに取り入れ、スリリングな展開、緩急の付け方の上手さで全く飽きさせない濃密な41分間のバンドミュージック。今でも代表作、最高傑作として挙げられることが多いのも納得の完成度の高いデビュー作。
言葉数の多さ、UKの夜のストリートライフの喧騒を言葉巧みに描いて見せたリリックなどはThe Streets等のヒップホップの影響なども当時から指摘されており、複数の音楽ジャンルを違和感なく混ぜ合わせて、新たなロックの型を作ってしまったその新人離れしたセンスと、センスに溺れず年相応の若さ、荒々しさも存分に発揮されていてとにかく稀有な存在だったと思う。
2000年代初頭ぐらいから、アメリカだとThe StrokesやThe White Stripes、英国だとThe LibertinesやFranz Ferdinandなどが出てきてロックがまた盛り上がってきたという一般的な認識があり、アークティック・モンキーズが出てきたときも「ロックからまたしても大型新人が出てきた!」みたいなメディアハイプがあって、デビューアルバムが出る前から話題になっていた。僕も発売してから期待に胸を膨らませながらすぐに買った気がする。
ただその時既に自分はリアルタイムのロックミュージックに冷めてしまい、このアルバムも凄いと思いつつ興奮しきれなかった。このことについてはまたストロークスの時に書こうと思う。しかし、周りの楽器やってた連中は結構興奮していて、特にマット・ヘルダースのドラムは凄いとみんな言っていた気がする。
さて、冒頭部分で書いたように、確かに完成度は高い。ただキャッチーでわかりやすい分、その後の彼らのアルバムにあるような消費できない何かが足りなく思える。またその後の彼らのかなりヘビーなサウンドと比較すると良くも悪くもサウンドが「軽い」。パンクの場合その「軽さ」がシンプルや楽曲構造と相性が良いので丁度良いが、初期の彼らの場合は楽曲の複雑性とその軽さに若干ギクシャクするものを感じる。ひょっとしたら当時、「良いと思っていたけど、本格的にのめり込めなかった」のはそれもあるかもしれない。
また、彼らのアルバムは『Humbug』以降聴けば聴くほど味が出てくるが、このアルバムに関してはわかりやすさが仇となり、何回も連続で聴くと飽きてしまう。
という事で完成度は高くて良いアルバムだと思うけど評価は10点中8点。
ところでこのアルバムの曲、今の彼らで全く違うアレンジでやったらどうなるか聴いてみたい。
『Favourite Worst Nightmare』2007年
ベースがニック・オマリーに変更、前作から一年ちょっとの短いスパンで、相当な期待の中で発表されたセカンド。作風としては前作の延長線上にあるが、一曲一曲の強度は前作よりもあがっているし、前作よりもサウンドに重さがあり、最近のセットリストでファーストの曲はあまり入っていなくてもセカンドから数曲入ってるのは非常に納得できる。
長年のパートナーと言えるジェイムズ・フォードのプロデュースが始まったのも今作からなので本人達にとってはこれが本当のファーストという認識ももしかしたらあるのかもしれない。曲の強度は増していて、アルバム前半と終盤の展開が白眉だが、ファーストと比べると中盤が若干だれるので評価は同等の10点中8点。
『Humbug』2009年
全編アメリカレコーディングでプロデューサーにKyussやQueens of the Stone Ageで有名なジョシュ・オム(英語読みでにはジョシュ・ホミー)を迎えて制作された三作目。
前作までのわかりやすくてキャッチーな展開やメロディが減ってとっつきにくい作風になった。歌詞の面でも変化があり、言葉数はかなり減ってスロウでヘビーなナンバーが増えた。
前年にフロントマンのアレックス・ターナーがラスカルズのマイルズ・ケインと組んでThe Last Shadow Puppets(以下TLSP)名義でアルバム『The Age of the Understatement』を発表、映画音楽やフレンチポップやオーケストラルポップを独自の解釈で展開させてみせていたので、当時この三作目はTLSPの作風とアークティック・モンキーズのサウンドが合体したようなサウンドも期待されていて、自分はTLSPの方がピンと来ていたので結構楽しみにしていた。
だがふたを開けてみると前述した内容で、TLSPでも従来のアークティック・モンキーズでもなかった。
特に初期の作風を期待していた人にとっては、ジェットコースターやメリーゴーランドを期待して乗ってみたら観覧車やお化け屋敷だったぐらいの違いがあるので、ファンの戸惑いは結構大きかったと思う。ただ観覧車やお化け屋敷には違う良さがあるわけで、本作は初期の楽曲よりもムードや音の重厚さにおいてすぐれており、例えば「Crying Lightning」の徐々にギアが上がっていく様には毎度圧倒される。
また、プロデューサーがジョシュ・オムと言うことで、しばしばストーナーロックを取り入れたアルバムと紹介されるが、ストーナーに期待されるような酩酊感や、独特の歪を伴ったギターサウンドを期待すると肩透かしをくらう。ストーナーのベビーさと軽さのバランスの良さみたいなものを取り入れようとしたのかもしれない。
ということで当時は周りの反応も戸惑いが多かったが、すくなからず絶賛の声もあったし、自分もすぐには受け入れられないしても駄作とは全く切り捨てられない何かがあることは当時から感じていて、分からないと言いつつも何度も聴き、その度に少しずつ好きになってきたし、結果的にトータルでは一番聴いていると思う。
また、ディスコグラフィーの中で一番の重要作である事は間違いなく、次作から最新作『The Car』までの元となる要素が端々に感じられ、第二のファーストアルバムといってもいいかもしれない。このアルバム無しには今の彼らは存在しないし、このアルバムを出していたから後々のドラスティックな、変化も(少なくても自分は)受け入れられた。
非常に評価しにくいアルバム。9点ぐらいな気もするし7点ぐらいな気もする。まだ理解が足りないと思える点も多く、10点中8点。
あと、自分は彼らをアイドル的に捉えてた所もあり、アートワークの変顔や胸毛披露が結構ショックだったことを追記しておきたい。
『Suck It and See』2011年
再びジェイムズ・フォードのみのプロデュースに戻った四枚目。彼らのアルバムの中でも一番構造がシンプルな楽曲が多く、初期の複雑性を期待すると結構がっかりするとおもう。逆に変な先入観がなかったらポップで聴きやすいのでは。「このアルバムから入ったよ!」という人がいたら是非感想を聞きたい。
セカンドあたりで出てきたムーディーでロマンティックな曲も多く、それらの曲をムードはそのままめちゃくちゃパワフルにやってみたらどうなるか試してみたような一枚でもあり、力強さと聴きやすさがあってハマると結構気持ちがいい一枚。
正直にいうとこのアルバムが出たころには完全に彼らに興味を無くしていて、本作も『AM』が話題になった後にやっと聴いて、それも数回しか真面目に聴かなかった。
先行でリリースされた楽曲がとっつきにくい無骨な曲(「Brick by Brick」、「Don’t Sit Down ‘Cause I’ve Moved Your Chair」)で、初期のワクワクする展開が満載の楽曲と比べるとシンプルな構成は手抜きにしか思えなかったし、そんな先入観があったからアルバム自体は割と聴きやすいとは思いもしなかった。
今回聴き直してそのシンプルさと繰り返しの魔術性にはまり、一番好きかもしれないと思い直した一枚。ただ、全体のバランスは良いが他のアルバムと違って突き抜けた名曲がないので点数は10点中8点。
『AM』2013年
セルフタイトルを冠し、『Humbug』以降トライしてきたことの集大成的な内容で2010年代を代表するロックアルバムとなった五枚目。圧倒的な一曲目、二曲目、ヒップホップ的なビートで前半盛り上げる「Arabella」、グラムロックな「I Want It All」、Velvet Undergroundのメロウな曲っぽい「Mad Sounds」など所謂「ロック」の名盤としてのバラエティーに富んでおり、勿論ソウルミュージックやTLSPでやってきたラウンジポップや映画音楽的要素も隠し味程度にちりばめてあって、優等生的な出来だと思う。本作の後アレックスはスランプに陥ったみたいだけどそれも無理ない内容。
個人的には最初聴いた時はPitchforkにかなり毒されていたこともあり、インディーロックやポップ、ヒップホップが至高! みたいなムードだったから、ファーストと同じぐらい斜めに見ていた節はあった。むしろファースト当時よりもロックは既に過去の物になりつつあるという感覚が強く、今更大真面目にロックやられてもという感覚で本当に冷たい視線で見ていたと思う。
今はもっと素直な気持ちで聴け、前述した通り素晴らしいとは思うけど、正直自分の好みからはちょっと外れるので、10点中8点。
『Tranquility Base Hotel & Casino』2018年
前作から約五年ぶりの六枚目。ベースとなるバンドの楽器だけではなく、多種多様な鍵盤やティンパニなどを導入し、ラウンジポップや映画のサントラみたいなムーディーな楽曲にときたまロックバンドっぽいB級感がまじりこんでくるアルバムで、21世紀型のロックの在り方を見事に提示して見せた前作から作風は大幅に変化した。
今まではニ、三年のスパンで新作を出してくれていたなかでの五年ぶりの新作で、前作が批評的にもセールス的にも受けが良かったので、時間的にも内容的にも期待感は相当高まっていたと思う。ところが、前述したように作風は前作からガラリとかわり、『AM』や旧来のファンにムチをくれてやるような内容で『Humbug』の時の戸惑いを思い出した。この頃には僕もTwitterを始めており(始めたばかり)でタイムライン上で結構な戸惑いのコメントを見かけた。
ただ、この路線の伏線はThe Last Shadow Puppets のファーストからすでにはられていたと思えば驚きは少ないし、丁度TLSPのセカンドも2016年に出ていたからアレックスの中ではこの変化はなんらおかしなものではなかったとは思う。
まあ、TLSPの方がまだキャッチーで聴きやすいので、その流れを念頭においてたとしてもなかなか受け入れにくい渋い方向への変化だとは思う。
とはいえ、今作の方向性の変化はアレックス以外の他のメンバーも戸惑っていたようで、次作と比べるとその戸惑いがアレンジにでているようで、よく聴くと面白いアレンジが散見されて聴くたびに発見がある。
個人的には素直に本作が良いと思えるまでにはいたっておらず、まだまだ十分な量を聴けてない気がする。が、キリがないので今のところは10点中7点。
それにしてもここまでの5枚で、他の楽器をほぼ取り入れないでアルバム毎に作風を変化させながら、やってきたのはむしろ今のバンドとしては結構例外的かもしれない。
『The Car』2022年
現時点での最新作。一応は前作の延長線上にあると言える作風。ただ前作と違って今回はオーケストラを贅沢にフィーチャーし、バンドも前作からの変化に慣れたのか、前作よりもかなり綺麗に纏まっており、オーケストラルポップ/バロックポップにロックバンドの風味が非常に上品に混ざり合っているような音楽性。前作の良い意味でのB級感みたいなものは後退したが、かわりにアルバムとしての完成度がグッと増している。
スコット・ウォーカーが引き合いに出されるが、強烈にソロアーティストとしての個性が打ち出されるスコットとは違い、アレックスのソロ感はなく(まあそういう曲もあるにはあるが)、ちゃんとバンドとしても機能している。
最初は前作同様全然理解できないとおもっていたけれど、何度も聴くうちにかなり好きになっている一枚。まだピンと来ない人には、じっくり聴かずにBGM的に、それこそ車で何度か聴いたりして、雰囲気が好きになってきたら、細部まで真面目に聴いてみる、という聴き方を提案したい。10点中8点。
まとめ
というわけで8点が7枚中6枚という、点数だけみると本当にまじめに評価した? っていう評価なんですけど、これ、まじで本心なんですよね……。正直にいうとアークティック・モンキーズって自分の趣味とはちょっと違う音楽性だなと思いました。それでも面白く聴けるし、「これはもう理解できないし、つまらないから聴きたくない」ってならないのは何でなんだろうって結構不思議に思ってます。
軽く一、二周すれば、なんとか書けるかと思って結構気軽に聴き始めたんですけど、結局この記事を書くために何周も聴いてしまいました。で、聴けば聴くほどアークティック・モンキーズって変なバンドだなという思いが強くなりましたね。
人によってどのアルバムが一番好きか、かなりばらけそうだし、何を評価軸にするかで、人によってだいぶアルバム毎の評価も変わってきそうです。例えば同じロック好きの人でもファーストが満点で、セカンドは9点、『AM』は8点『Humbug』は7点とかの人もいるし、『AM』が満点、『Humbug』は9点だけどファーストは6点みたいな人もいると思います。ということで「アークティック・モンキーズの全アルバムに点数をつけてみる」は、僕だけじゃなくてほかの人にもやってほしいですね。
いずれにせよどの作品もおざなりに作ってる感は感じさせず、特にサード以降は最初は理解出来なくても「わかるまで聴きたくなる何か」を含んでいるのは流石だと思いました。アークティックモンキーズのアルバムに駄作はなく、ただ、我々の期待や希望に沿ってないものが多々あるだけ、なのかもしれません。