音楽連載小説 第八話

【第七話はここから】

スタジオで1番最初にセッティングが終わるのが多分ドラマーだ。自前の※①ドラムセット持参なら1番時間がかかるが、大抵はペダルとスネアドラムとスティックしか持ち込まない人が多い。そうするとペダルをセットしてスネアやタムタムをチューニングして、シンバルなどの調整をしてフルセットのバランスを見たら終了だ。その段階でギタリストたちはまだシールドを繋いでアンプを温めて、エフェクターを準備し終わってチューニングしてたりするから、ドラマーはドラムを練習してないでマイクをセットしてあげるとめちゃくちゃ親切だし早く全体練習を始める事ができる。石崎さんは正にそんな人でドラムをセットして少し叩くと石田さんと高岸と僕のマイクをセットしてマイク用のPA卓の調整までしてくれていた。石崎さんは石田さんと同じ池袋の大学に通っていて、彼女とは※②お馴染みだそうだ。高校では柔道をやっていたという事で身体はガッチリしており、ドラマー向きの体型と言えた。しかし、後で分かる事だが、ドラムプレイはダイナミックで単純なプレイというよりは意外と繊細なプレイを好んでおり、そのギャップがなんだか面白かった。

石崎さんの協力のおかげで準備が早く終わり10分もたたないうちに我々は最初の音合わせに入った。最初はスーパーカーの「Lucky」をやった。「Lucky」はスーパーカー初期の名曲で男女ツインボーカルのポップなギターロックナンバーだ。それぞれのパートにそれぞれ美味しいフレージングがあってギターポップのお手本のようなナンバーである。ただ我がバンドの2人のボーカリストの歌唱スタイルとはちょっと違っていて歌いにくそうではあった。ただバンドとしての手応えは確かに感じられた一曲だった。「結構いいじゃん」と石田さんは終わってから笑顔で言った。

「サレンダー」はチープ・トリックの代表作で、パワーポップの親玉みたいな曲でライブで盛り上がるアンセム的な賑やかさとどこか切ないメロディーが同居した完璧な曲だ。高岸がメインボーカルなんだけど、石田さんがサビでハモリを入れ、その歌い方がかなり情感がこもっていてグッと来てしまった。とにかくこの人には他の人には無い華があった。またベースラインが実は目立つ曲で、石田さんは※③リッケンバッカーを使っていたのだが、そのゴリゴリとしたトーンがまたしても曲に映えていた。彼女のスター性と華やかさに僕らが追いつく事が出来れば素晴らしいバンドになる事は間違いなかった。

「ドリームス」はアイルランドのバンド、クランベリーズの初期の代表作で、シンプルで透明感があって広大な自然を想起させる楽曲だ。この曲は石田さんがメインボーカルで高岸がコーラスをつけた。しかし我々のバンドスタイルとはちょっと趣きが異なっていた様であんまりしっくりとこなくて、選者の石崎さんも「すまんな」と言っていた。ただ石崎さんが石田さんに「ドリームス」を歌わせたかったのはなんとなく理解できる。

その後は出来の良い最初の2曲を何回か通して、それから軽くジャムセッションをした。高岸は「サレンダー」の前に※④「This next song is the first song on our new album.」というギャグを入れて、滑っていた。最後に一曲づつ通してその日のスタジオ練習は終わった。僕たちは確かな手応えを感じていた。

僕はそのスタジオは初めてだったので、終わった後会員登録が必要でカウンターで色々と手続きが必要だった。高岸は早めに来ていて練習前に済ませていたようだ。スタジオ代は今日は先輩たちが持ってくれるということで、申し訳ないと思いつつ万年金欠気味の僕たちにはありがたかった。

先輩方2人は僕ら上京組を駅前から少し離れた静かなカフェに連れてってくれた。都会のファミレスに静けさなど存在しない。落ち着いて話しができるように、という粋な計らいだった。

「昼食べた人ー」と石田さんが言った。結局高岸意外全員食べてなかったので、昼食も兼ねたミーティングになった。僕はロコモコなるものを初めて食べた。午後は2時半になっていた。

僕たちはどうやら第一関門を突破したみたいだった。全員が手応えを感じていたようで出来るだけ早くこのメンツでライブをやるという事がまず初めに決まった。「オレブッキングやっとくわ」と石崎さんがライブハウスを9月上旬ごろにとってくれる事になった。後は曲だ。とりあえずお互いの音源を交換してその中から二曲ぐらいずつ、後は可能ならこのメンバーでの新曲を2曲ぐらいやりたいという話になった。「僕らはケイティーズの曲をやることに支障は無いですけど、エーテルワイズの曲このバンドでやっちゃっていいんですか」と高岸が僕もちょっと気になってた事を言った。「うん、それなら殆どの曲は私作ってるから大丈夫」と石田さんが言ったので僕らはエーテルワイズで良かった曲を伝えて次回はそれを僕らなりのギターアレンジでやってみることになった。石田さんも石崎さんもケイティーズで良かった曲を挙げてくれたが、曲のクオリティの差は歴然だったので僕ら2人とも曲を書き直してくると言った。という事で次回はエーテルワイズの曲の3曲とカバーをやることにした。僕たちは新しい曲を覚える負担もあるので、カバーは僕たちで後で決めて良いという事だった。「後はバンド名だね」と石田さんが楽しそうに言った。バンド名は宿題として今回それぞれが候補を発表することになっていた。候補を箇条書きにしようと高岸がメモ張とボールペンを取り出した。「どうせ何にも考えてないんでしょ」と石田さんが石崎さんを見て言った。石崎さんはニッと笑って、高岸のボールペンを拝借すると紙ナプキンにバンド名を書き始め、書き終わるとそれを石田さんに「ほれ」と手渡した。石田さんはそれを読むと吹き出して「まじめにやれ」と笑いながら石崎さんに軽くチョップした。僕と高岸が石田さんが※⑤テーブルに置いた紙ナプキンを覗き込むとそこにはこうあった。

  • エロマンガアイランド
  • タイラント
  • ティファ

「君は私に『どもーエロマンガアイランドでーす』って言わせたいだけでしょ」この2人の夫婦漫才みたいなやりとりは側から見ていてとても気持ちが良かった。僕は正直スタジオに入るまでは彼らのことをあんまり好んでいなかった。しかしこの時にはもう2人の事を好きになっていた。

第九話に続く

※①安いスタジオにありがちなのがドラムセットがめちゃくちゃしょぼいことだ。ドラムの音が貧弱だと本当に萎えるからスタジオを選ぶ時にどのドラムセットが備え付けてあるか、僕らはギターアンプの装備以上に気にしていた。

※②幼なじみというものは漫画の世界ほどの頻度ではないにしろ割といて、僕は幼なじみで結婚したカップルも2組ほど知っている。

※③リッケンバッカーのベーシストといえば、ロジャー・グルーバー(ディープ・パープル)、レミー・キルミスター(モーターヘッド)、クリス・スクワイア(イエス)、クリフ・バートンである。これらの音楽を聴いてもらえば、リッケンバッカーベースのその特徴的な音色を理解していただけるだろう。

※④チープ・トリックの『Cheap Trick at Budokan』で「サレンダー」を演奏する前のMCがこのセリフ。ビースティー・ボーイズもサンプリングしていた。

※⑤エロマンガ島(Erromango Island)は南太平洋に位置する実在の島。タイラントはサバイバルホラーゲーム『バイオハザード』に出てくるボスキャラ。ティファはこれまたゲーム『ファイナル・ファンタジーVII』に出てくるキャラクターのティファ・ロックハートからで、確かに石田さんに似ているのでバンド名にしたい気持ちもわかる。バイオもFF VIIも地元の友達のほぼ100%がやっていたゲームと言っても過言ではなく、文化現象だった。僕たちはベレッタやコルトパイソンなどの銃器の名前に異様に詳しくなったし、エアリスやティファに恋していた。因みに僕はファイナル・ファンタジーのヒロインではリノアが好きである。

第九話に続く

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