音楽連載小説 第六話

【第五話はここから】

終わった瞬間に僕らは顔を見合わせた。「結構良かったよな」「うん、良かった。特に最後な」「ああ、けどギターソロ長すぎたな」というようなことを僕らは表情で語っていたと思う。客席の暖かな歓声が嬉しかった。

素人バンドの退場はいつも不細工である。ローディーがいるわけでもないのでいそいそと自分たちで機材を片付けるしかない。格好良く退場してそれで終わりとはいかないのだ。終業式後の小学生の下校みたいに荷物を沢山抱えて僕らは控え室にはけた。興奮しつつも黙々と控え室で自分達の機材を片付け、やっとステージの方に戻ったら3組目のバンドはもうほとんど終わりかけていた。スカとパンクを融合させたような伴奏に、本当は※①ジュディマリみたいなのがやりたいんだろうな、YUKIに大分歌唱スタイルを寄せてた女性ボーカルのバンドだった。

4組目は本当に全然覚えていない。5組目も全く覚えていないけどおじさんバンドで観に来ていた人に子持ちが多かったのは覚えている。そしてトリで出てきたのが※②Etherwise(エーテルワイズ)という、4人組のバンドだった。エーテルワイズはギター(男)とベース(女)のツインボーカルのバンドで、彼らの掛け合いとコーラスワークが大きなウリの一つだった。僕たちは出番の前後のバンドはちゃんと観れてないが、一応4バンド目以降はきちんと観ていた。そして今回出演した全てのバンド(勿論僕らを含む)の中で1番良かったのがエーテルワイズだった。中でもベースの女の子が歌う曲がポップだけどエッジがかなり聴いていて、ある意味僕らが目指していたXTCやコステロみたいな攻撃性を有したパワーポップ、という方向性に近かった。対してギターの男のほうの歌はまぁ悪くはなかったがベースのボーカルに比べると曲のインパクトに欠けた。そうしてライブイベントは盛況のうちに幕を閉じた。

イベントの主催バンドでもあったので、エーテルワイズを中心に、この後ライブの打ち上げが居酒屋であるようだった。僕は正直かなり疲れていたのと、他のバンドの音楽性にさして興味がもてなかったのもあり、早く帰りたかったが、高岸はなぜか行く気満々だった。

「おい、帰ろうぜ、ただでさえ金欠なんだからさ。第一俺らが打ち上げいって楽しめるわけないじゃん」高岸はそれを無視して「あの最後のバンドのベースボーカル、よかったよな」と言った。「確かに良かったな。演奏も上手かったし、歌もフックがあった」「うん、そうなんだ。あの人、うちのバンドに誘おうと思ってさ」高岸の行動力には何時も驚かされるがこれは全く予想できてなかった。問題の彼女はなんだかよくわからない取り巻きに囲まれていて近づくのも大変そうだった。それだけで僕はもう面倒くさかった。僕らが相手にしてもらえると思ってなかったし、ライブ前は散々ベースとドラムの必要性を高岸に説いてきたにも関わらず、今日のライブに手応えを感じた僕は、バンドを「2人だけで」育てていこうと勝手に決意したばかりで、第三者の力なんて求めていなかった。高岸が何かを言い出したら頑として動かないのはもう散々わかっていた。そしてなによりも高岸が正しいのも分かっていた。単純な足し算でいえば、彼女が万一参加してくれるならバンドにとってプラスになる事は間違いなかった。だから僕も強く反対せずに「無理だと思うけどな」とかぶつくさ言って機材を担ぎながら会場へついて行った。高岸は「無理だったらさっさと帰ればいいじゃん」的な微笑を浮かべながら僕の少し前を歩いていた。

相変わらず飲み会で僕は不細工な立ち振る舞いだった。僕らは三組目のバンドと同席で、僕は飲み食いに集中して「うんうん」と近くの会話に耳を傾けているだけだった。高岸は大学サークルの新歓の時よりは進化していて会話になんとか混じることができていた。例のベースボーカルの周りには相変わらず人だかりが出来ていた。当時は明るめカラーのロングヘアで巻き髪の流行が始まる頃だったみたいだが、僕の周辺ではまだボブが流行っていたし、みんな髪を大なり小なり明るくしていた。そんなわけで※③黒髪ストレートロングの彼女は珍しかったのだが、それが彼女にはしっくりと来ていた。といってもそれは後でわかることでライブの時はそれを後ろでまとめて、所謂お団子ヘアにしていたと思う。まあそれは結構どうでもいいことで、今なんとなく思い出しただけだ。彼女が印象的だったのはその目だった。※④彼女の目はぱっちりしていて大きめで、なんとなく吸い込まれるような魅力があった。そしてその瞳の奥に、微かな情熱や意志を宿しているのが飲み会の席の遠くからでもわかった。そんなかたちで僕が彼女の方をぼんやりと見つめていると彼女と目があったので僕は慌てて目を逸らして目の前の唐揚げをつつきはじめた。このまま待っていても彼女の周りから人の波が消えそうにないので僕らは他の人達がやっているように他のバンドに挨拶回りすることで徐々に接近していく事にした。※⑤というわけで実に回りくどいやり方で30分ぐらいかけて僕らは彼女の席までたどり着いた。たどり着いてから気付いたが、エーテルワイズの他のメンバーがいる中で彼女一人をバンドに誘うのは度胸がいる、というかおそらくマナー違反である。しかし高岸の中ではストーリーが組み上がっていたのだと思う。まずは彼らがどんな状況下で活動を行なっているのかメンバーに尋ねていた。エーテルワイズは同じ大学のメンバーで結成された四人組で3年生と2年生から成るバンドだった。つまりはみんな年上だったのだ。例のベースの女性は石田さんで、彼女は2年生だった。ドラムは物静かなガタイのいい短髪の男で彼も2年。2人のギタリストは3年生だった。エーテルワイズの楽曲を作っているのは主に石田さんだった。僕は酷い偏見を持っていたんだと思う。彼女はバンドのマスコット的な存在で、与えられたものを歌っていると僕は勝手に思っていた。恥ずかしくなったと同時に僕の持っていない物をたくさん持っている石田さんが眩しすぎて僕は消え入りそうになった。「最初はオレが作ってたんだけどさ、石田ちゃんが作ってくる曲の方が全然いいから、途中から殆ど作ってもらうようになっちゃってさ」とギターボーカルはタバコを深く吸いながらなぜか自慢げに言った。ただ歌詞はもう1人のギタリストが主に書いているそうだ。という事で石田さんは我々が理想としていたようなパワーポップ的なソングライティングの術を取得している存在だった。高岸の見立ては間違っていなかった。そして我々にとってラッキーなのはエーテルワイズはどんなに遅くてもその年の秋口には解散が決まっているバンドという事だった。というのも3年の2人は秋から就職活動が始まるからという事だった。「就職活動」。その四文字で僕らは重い気持ちになった。当時は史上二番目の就職氷河期が開け始めた時期で、僕らは入学時から就活の準備を、一年からしておくに越したことはないというアドバイスを学生課からしつこく受けていた。僕たちは可能な限りその四文字を頭から追い出して生活していた。ひょっとしたら高岸はそうではなかったのかもしれないが。そんなわけでギタリスト2人は就職活動に対する愚痴や不満で盛り上がり始めたので高岸は早速石田さんに切り込んでいった。「よかったら僕らとバンドやりませんか?」僕だったから言うのに最低ひと月はかかりそうな言葉を高岸はチャンスを逃さずにあっさりと言ってしまった。これには僕だけでなく、例のドラムの彼も驚いていた。

「それって君たちのバンドに入るって事?」「まあ、そう言う事ですかね…」と高岸は言った。

沈黙が流れた。

実際には2、3秒だったかもしれない。永遠とは言わないけど一週間ぐらいには感じられた間だった。

「いいけど2つ条件があって、君たちドラムいないんだよね」「はい!そうです」高岸は必要以上に元気に答えた。「それならこの石崎くんをドラマーにすること。それから、私の名前、ケイって言うんだよね。だからケイティーズ・ビーン・ゴーンってバンド名はちょっと嫌かなって」

僕は苦い顔をしていたに違いない、けど隣を見ると高岸は承諾してくれた事に喜んでいたようで目がキラキラしていた。そうして、Katie’s been goneはその役目を終え、Stray Sheeps の物語が始まった。

第七話に続く

※①ジュディマリ。1992年結成、2001年に解散した日本のロックバンドJUDY AND MARY (JAMともいわれていた)の略称。ボーカルのYUKIの女子からの支持はすごく、当時はすでに解散していたにも関わらず、ジュディマリのコピバンでボーカルをやりたがる人が多かった。が、バックの演奏が結構テクニカルで女子に「お願い、一緒にジュディマリのコピー、しよ」って頼まれて気軽に引き受けると痛い目にあう。

※②エーテルワイズは岩井俊二の『リリィシュシュのすべて』に出てくるエーテルという言葉と『サウンド・オブ・ミュージック』の挿入歌「エーデルワイス」との掛け合わせである。

※③僕だってこんなテンプレみたいな人物描写は嫌だ。けど事実だ。「黒髪ストレートロングなんて男の幻想なんだよ」とショートボブの錦は言ったから「じゃあ石田さんは?」といったら「あの人は色々例外なのわかるでしょ」。

その通りだ。すまん。

※④そんなわけで僕は石田さんを思い出す時にシュメール人の事も思い出す。無論彼らの彫刻ほど目が大きいわけではないのだが。

※⑤というわけで5組めのおじさんバンドに最初に僕たちは話しかけた。完全に彼らを利用する形になり、多少なりとも良心が痛んだが、延々と会社の愚痴を聞かせられたので、まぁおあいこだ。

第七話に続く

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