リバーポートソング 第二十七話 そこには出会った頃の野暮ったさも、すぐにずれてしまうメガネも無かった。

【第二十六話はここから】

【あらすじと今までのお話一覧】

パンクが好きというからには、小木戸えりのドラミングはやぶれかぶれで勢いがあるものだと思っていた。しかし実際スタジオに入ってみると、思いの外タイトでしかも勢いもあるドラミングだった。正直タイトさで言えばザッキーさんより上だった。でもそのタイトさが錦と微妙に相性が悪いかもしれないと感じた。

僕のベースはお話にならなかった。ギタリストがベース弾いてますぐらいの腕前という事もあったが、コードの移り変わりの割と激し目な錦の曲について行くのが精一杯だった。次回までにかなり練習が必要だと思った。次があればだが…。

今回は顔合わせがメインだったから軽く合わせた僕たちはすぐに解散してそれぞれの帰路についた。僕は重いベースを背負いながら渋谷のレコファンに足を運び、そこでリプレイスメンツの『ティム』を買った。

9月ももうすぐ終わろうという時期になり大学が始まった。夏休みが始まる前までは僕は高岸と頻繁に会っていた。それが嘘かのようにこの頃には高岸と顔をあわせる事もなくなっていた。それはすとれいしーぷすの曲が定まってきてもう頻繁に打ち合わせする必要もなくなり、後はライブに向けて個人が練習をすると言う段階に入っていったのもある。だが正直言ってこの頃には高岸となんとなく距離みたいなものを感じていた。それの正体の1つがハッキリしたのは、大学が再開してから2 3日経って高岸に呼び出されたときのことだった。

奴は学食で先に僕のことを待っているとのことだった。到着すると見知らぬ女子2、3人と談笑をしていた。出会った頃は高岸の交友関係なんて片手で数えるぐらいで、大体どんな面子かもわかっていた。しかしこの頃には彼の周りには僕の知らない人間ばかりがたむろしていた。

僕が到着しても彼女たちは暫く離れる様子は無く、5分ほど経ってやっと彼女達が消え、ようやく高岸と会話することが出来た。

僕の不機嫌な顔つきを見て察したのか、高岸は少し謝ると話を始めた。 

「実は話しておかなきゃならない事があってさ」

「なんだよ、怖いな」

高岸は少し笑って「別に怖くないよ。実はな」

「うん」

「石田さんと付き合ってるんだ」

なんとなくそんな感じはしていた。そんな空気が合宿あたりからあった。というか実は最初からこうなる予感があった。石田さんをバンドに引き入れようという話があった時から僕らの関係はもう同じではいられないと思った。

というわけで意外性も薄く、覚悟もあった。しかし、やはりショックはショックだった。自分でもなんでそんなにショックだったのかはこの時はよくわからなかった。

「いつからだ」

そう聞くと高岸はちょっと悲しいような困ったような顔をしていった。

「合宿のちょっと前ぐらいから」

そのあとどんな話をしたのか本当に覚えていない。2人とも暫く無言でいたと思う。それはなんだか不自然でよくわからない時間の流れだった。高岸の顔をじっと見てみる。鋭い眼差しからは自身や決意のようなものが伝わってくる。髪型はラフな様でよく計算されてる自然なかっこよさがあった。そこには出会った頃の野暮ったさも、すぐにずれてしまうメガネも無かった。Weezerの1stアルバムのジャケットよりはブラーのメンバーに収まった方がしっくりくるいでたちだった。

「よかったな」とか「じゃ次の練習で」とか気のないやりとりで僕らは別れた。

僕はその日、新宿区から埼玉と板橋区の境にある家まで、3時間ぐらいかけて歩いて帰った。

10月。

2回目のすとれいしーぷすのライブは吉祥寺だった。この間の下北沢のオーディションライブとは違い、この時は集客に力を入れた。メソポタミア文明ズのメンバーも全員きてくれるみたいで、錦は小木戸も連れてくると言っていた。成戸もカメラを持ってきてくれるということだった。僕は以前ライブに来ると約束してくれた高良くんを呼んだ。

その時にはエーテルワイズは正式に解散していて、彼らの固定ファンは新生エーテルワイズのお目見えという事でそれなりの人数が集まった。チケットの売り上げが出演料を超えたので僕と高岸は初めてバンドとしてお金を稼ぐことができた。エーテルワイズの評判のおかげだった。という事でエーテルワイズ時代のファンを納得させなきゃいけないというプレッシャーが少なからずあった。彼らの目当ては石田さんと石崎さんで、エーテルワイズのテイストだった。僕らは品定めされる立場にあった。

前回の下北のライブでは完全新曲だったが、この時はエーテルワイズの代表曲を二曲入れた。一曲目が石田高岸共作曲で、二曲目がエーテルワイズ曲、三曲目が僕の「West Side Story」で、四曲目がエーテルワイズの曲で、ラストがすとれいしーぷすで一番自信があるナンバーだった。

「West Side Story」は完全に石田さんメインボーカルで僕がコーラスの曲になり、かなりのテコ入れをした結果なかなかの曲に仕上がった。唯一石田さんが作曲に関わってない曲でもあるため、異なるテイストを提示できるという意味で、セットリストの起承転結の転を作るのに恰好の一曲になった。正直プレイ面では大した力になれていないので、多少なりともバンドに貢献できるのが嬉しかった。

前回のライブまでで新曲は大体固まったので、今回のライブまでの練習ではエーテルワイズの曲をどうすとれいしーぷすとしてアレンジするか、を重点的に取り組んできた。エーテルワイズ時代はポップなテイストが強かったので、ポップさを残しつつも攻撃的な要素を取り入れて、かなり中毒性の高いナンバーに仕上げることができた。最後の練習の頃には早くライブしたくてみんなうずうずしていた。その時は高岸が石田さんとの交際を明らかにした後で、多少の気まずさはあったが、いざ練習が始まるとそんな事はどうでも良くなるぐらい練習は熱の入ったものになった。

その日の出演は4バンドで、我々の出番は最初だった。ステージ上で準備をしていると、チラホラと知ってる顔が暗がりの中に見え、緊張が高まる。

正直言ってライブ中のことはよく覚えていない事の方が多い。この日のこともよく思い出せない。※①しかしお客さんが盛り上がってくれたこと、反応が上々だったことはよく覚えている。

演奏が終わって片付けをしていると何人かがステージまで来てくれて褒めてくれていた。大抵は知り合いだったけど嬉しかった。石田さんの所には特に多く人が集まっていた。高岸の周りにも人は多かった。僕のところには成戸と錦、高良くんが来てくれて、照れ臭くて忙しそうに機材の片付けをしている僕に、手を振ったり、声をかけてくれていた。ステージから捌ける時に高良くんは面識がないはずの成戸と2人で話をしていた。コミュニケーションのお化けたちだ。

控え室に戻ると、我々はライブが成功したことをとりあえず祝福した。客席に戻ると既に次のバンドが始まっていた。彼等はインストメインの※②ポストロックバンドだった。アメリカン・フットボールとモグワイを足して4ぐらいで割った様なバンドだった。2バンド目が終わって静かになると僕たちは知り合い同士で固まって色々とライブの感想を言い合ったりした。そこに話しかけに来てくれたのが花田さんだった。

第二十八話に続く

※①不思議なことに自分がダメだと思ったライブをめちゃくちゃ褒められたり、逆に今日は凄い演奏ができた、という時に反応が悪かったりして、一致することは少ない。この時は数少ない例外だった。

※②2004年当時、ナンバーガールを下敷きにしたバンドも相当多かったが、ポストロックバンドもかなり多かった。僕は歌詞を書くのに非常に苦労したので、ポストロックバンドが多い理由は、歌詞を書かなくても良いから、という穿った見方をしていた。

第二十八話に続く

タイトルとURLをコピーしました