音楽連載小説 第二十四話

合宿三日目。この日は二日目にかなり進んだこともあって午前中に2時間練習したあとは、観光に充てることになった。

行きの車はくじ引きによるシャッフルで藤田さん、深川さん、錦と成戸と僕という組み合わせになった。後部座席で女子二人に挟まれて、僕はまったくリラックスできなかった。うっかりうとうとしてどちらかに寄りかかることもできない。そんな緊張感も程なく慣れてきた頃に成戸がうとうとし出してもたれかかってきたので僕は全く身動きが取れず、変な汗をかいてしまった。しかし気づいたら僕も寝てしまった様で僕は逆に成戸に起こされて車をおりた。

石廊崎は伊豆半島の最南端にある岬で、灯台や遊覧船などの観光スポットがある。まずは付近で昼食をとってから我々はぶらぶらとそこら辺を散歩した。成戸はたまに風景の写真やみんなのスナップショットをぱちぱちと撮っていた。後で見せてもらったが被写体がポーズをとっているものも、ふとした瞬間を撮ったものも、何かしらの被写体の本質や美しさが現れている瞬間を捉えていて流石だなと思った。

ただ人の写真を撮ってばかりなので僕は成戸を撮ろうかと申し出た。彼女は嬉しそうにその大層高いカメラをかしてくれた。ストラップを僕の肩にかけて、基本的な撮り方を説明してくれたあと、海と灯台をバックに僕は2、3枚彼女を撮った。撮った写真を見せると「もっと可愛く撮って」と「構図が悪い」と何回かやり直しを命じられた。3回目ぐらいに「十分可愛いから大丈夫だよ」というとなんかちょっと嬉しそうに「それならよろしい」といってやっと納得していた。

「そこ、いちゃつくんじゃない!」

と石崎さんが後ろから声をかけてきた。めんどくさいからかいはスルーをしてたら石崎さんが僕ら二人を撮ってくれるという。

「そのカメラそこそこグレードの高いドラムセットより高いから気をつけてくださいね」と僕がいうと石崎さんは明らかに動揺していて、成戸は呆れていた。撮ってもらって気づいたのはやはり成戸は出来上がった写真が素晴らしいだけでなく、撮るのも上手いということだった。被写体を過度に待たせることなくスピーディーにいい表情をフレームに収めることができる。そう考えるとさっきはよく僕の下手くそな撮影に付き合ってくれたなとも思えてきた。

そのあとは遊覧船にのり、海岸線をドライブして三島方面に向かい、一時間ぐらい待たされたが、地元で評判のうなぎをみんなで食べて帰路についた。

帰りの車は成り行きで、石崎さん、石田さん、錦と僕の四人になった。その頃にはみんな疲れ果てていて、後部座席の石田さんも錦も寝てしまっていた。僕も半分うとうとしかけていた。錦が聴いたことがないと言ったため、さっきまで石田さんが編集した『ロキシーミュージック初期ベスト』を無理やり聴かされていたが、石田さんが寝てしまったので、石崎さんはシメシメと言わんばかりにCDを変えた。

ゆったりとした打ち込みのドラムに静かにミュートしたギターとシンセサウンドが絡んでボーカルが入ってきた。その神秘的でスタイリッシュなサウンドは田舎道には都会的過ぎたが、夜には申し分なくマッチしていた。

僕は毎回かかっている曲を聴くのが段々申し訳なくなっていたが、このアーティストを知らずにいるのは一生後悔するだろうと思ってまた聞いた。

※①「The Blue Nileって言うバンドの『Huts』って言うアルバムだよ。いいだろ。合宿終わったらかすよ」

暫くその人生の黄昏を描く様なサウンドに魅せられていたが、なんだかんだで僕も寝てしまっていた。

結局このCDを借りる約束は忘れられてしまって、僕は帰ったらすぐに『Huts』を買った。そして今でもずっと聴いている。

その日の夜、ふと真夜中に目が覚めてしまい、そのまま眠れなくて起きてしまった。多分車の中で何度も寝てしまったのが良くなかった。どうしても眠れなかったので、スタジオにあったアコギでも弾いてやろうと、スタジオに向かった。扉を開けると先客が居て、それは錦だった。

人がいると思ってなかったし、電気も入口近くの小さな電球だけがついていただけでだったからスタジオの奥の方に錦がいて本当にびっくりして、当然錦もびっくりしてお互い変な声が出た。

「えっ、練習?」

「練習というか、目が覚めちゃって、寝れなかったから起きてきてキーボードを弾いてた」

「なんだ、一緒一緒、僕も実は寝れなくてギターでも弾こうかなと」

そう言いながら、暗かったのであかりに手をのばす。

「ごめん、電気はつけないで、すっぴんだから恥ずかしいの」

そんな気にすることはないよと言おうと思ったが、なにが正解かもわからなかったから「わかった」といって「ごめん、でていった方がいいよね」というと

「ううん、ただ明るいところでみられるのがいやだっただけ、ごめんね、大丈夫」

そう言われてもどうしようもなく、そのあと数秒間の空白が続いた。言われてみれば最初にスタジオでセッションして以来彼女とはまともに一対一で会話していなかった。やはり出ていこうかとは思ったが、そういえばまだ聞いてなかったと思い、

「錦さんってどんな音楽聴くの?」と言うと、さっきまでのことは忘れたかのように錦は喋り出した。

「わたしがはビョークとかシガー・ロスが好き。あ、別にアイスランドの音楽が好きってわけじゃないんだけど…。あとはオウテカとか、エイフェックス・ツインとかのエレクトロニカとかも好きで」

当時僕はIDM、エレクトロニカをまったく聴いていなかった。テクノはYMO(テクノじゃねぇって言われるかも知れないが)やクラフトワーク、電気グルーヴがメインで、後はケミカル・ブラザーズをちょっとかじっていたぐらいでアンダーワールドすら聴いていなかった。だから後半の名前にはピンと来ず、エイフェックス・ツインと聞いて顔がアップになってる変なジャケットの人だったかな、ぐらいの認識だった。そして今では笑い話だが、ジャケットのせいで色物的なアーティストだと思っていた。

「ビョークは僕も結構すき。でも意外だね。メソポタミア文明ズってファンクやR&Bをやるバンドだって聞いていたから、そういうのが好きなんだと思ってた」

「ううん、もちろんファンクとかR&Bも聴くけどあんまりメインじゃないかな。スライストーンは大好きなんだけど」

「錦さんは曲は作るの」

「作るけど趣味程度だよ。うちらの曲はほぼ藤田さんが作ってるし、そもそも半分はカバーだし」

「折角だから聴きたいな、錦さんの曲」

何回か曲をやるやらないで押し問答があった気がする。1日目に一緒にスタジオに入った時に普段の感じとは対照的な気迫のこもった演奏が忘れられず、一度彼女が歌いながら楽器を弾く姿が見たかったのだと思う。

僕たちの界隈で1番非凡で得体の知れないオーラみたいなものがあったのは柳だったが、音楽的に才能があった(あまり才能という表現は好きではないが)のは間違いなく錦だったと思う。

錦の曲、※②歌はビョークと矢野顕子を足して2で割ったようなエモーショナルで力強く、それでいて音楽的な喜びに溢れ、キーボードの弾き語りだけだったにもかかわらず、ダンサブルな代物だった。僕は当時付き合いのあった音楽の道を志す連中に対して妙なライバル意識(その中で自分はかなり末端に位置するとは自覚していたが)を少なからず持っていたが、そんな事を考えるのが馬鹿馬鹿しくなるほど素晴らしかったし、彼女との絶望的な距離を感じた。高岸の時と違ってなんとか食らいつける感じもしなかった。最初遠慮して披露したがらなかったにもかかわらず、いざ曲が始まるとそれは大勢のオーディエンスの前で演奏しているプロのミュージシャンにも匹敵するほどの堂々とした演奏だった。

「どう?」

と力のこもった演奏の後で少し顔を上気させた笑顔で彼女は言った。「それは恋である」と断言されると怒りたくなるぐらい、僕は異性としてではなく、人として彼女に惹かれていく自分を発見した。

「どうって、最高だよ! 凄いよ!」珍しく熱くなって僕は言った。

その時は彼女の演奏を表現する語彙も持ち合わせていなかったから、率直に感動を口にするしか術はなかった。まだメソポタミア文明ズの演奏を全く聴いていなかったが、今すぐ錦をメインに据えて、シリアスなバンド名に改名し、活動を始めるべきだと僕は思った。勿論そんなことは言わなかったが。けれども実際そうなった。

結局その夜は1時間ぐらい錦と裸電球1個だけついた暗いスタジオの中でお喋りをして、寝床に戻ったのは4時ぐらいだった。

※①The Blue Nileはイギリス、スコットランドのグラスゴー出身の主に80年代に活躍したスリーピースバンド。シンセとパーカッションを基調としたシンプルなサウンドが心地よい『Huts』は80年代を代表するアルバムの一つ。

※②当時はまだデビューすらしていなかったので比較が出来なかったが、2018年現在からすると中村佳穂に近いと思う。

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