音楽連載小説 第二十二話

ナンバーガール以外にも僕らはベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」をやり、そうこうしているうちに藤田さんがよびに来た。

高岸、石田さん、石崎さん、そして深川さんは石崎さんの車で先に出てしまっていたので、スタジオで遊んでいたメンバープラス藤田さんで車に乗り込んだ。後部座席に女性陣三人が乗り込んで僕は助手席に座った。

世の中にはごくたまに「この人はなんでも知ってるんじゃないだろうか」という人がいる。それが藤田さんだった。※①最初は成戸とカメラと写真家の話をし始めたと思ったら、そこから話題は映画になって※②錦と映画の話をし始め、また話が脱線し、TVと釣りの話になった。しかも藤田さんは知らない人を置いてきぼりにしないように知らない人が聴いても面白い様に話すのが上手かった。車内にはカントリーロックみたいな曲がずっと流れていて僕はずっとそれが気になっていたのでコレなんですかと、話の合間に聞いてみた。

「CCR、いや、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルっていう60年代末期から70年代初頭まで活躍してたアメリカのロックバンドだよ。いいでしょう」

「CCRは※③「雨を見たかい?」しか聴いたことなかったです。めちゃくちゃいいですね。コレなんてアルバムですか」

「オレが編集して作ったベスト盤。後でこのCD-Rあげるよ」

「この曲はなんていう曲なんですか?」

「’Lodi’って曲だよ。いいよね」

日が沈んできて周りの景色が美しく輝き始めた。車内は静かになって音楽だけが鳴り響いていた。

ショッピングモールで軽く日用品を買い込んでからモールに入っている和食のレストランに入り、帰りに食料品をたんまり買い込んで、往きと同じ組み合わせで帰路に着いた。時刻は8時ちょっとすぎだった気がしたがみんなぐったりとして帰りの車内は皆大人しかった。

しばらくは往きと同じでCCRが流れていたが、日が落ちて暗くなった風景にはなんだかCCRは浮いている感じで、藤田さんもそう思ったのか信号で止まると※④CDを変え、何曲か飛ばして、音量を上げた。

それは透明感のあるエレキギターとボーカルだけの曲だった。

曲が始まってしばらくすると不思議と周りの雑音が消え、聞こえるのはギターと歌だけになった。

それはエモーショナルでありながら静謐さをたたえており聴いているものを否応なしにその世界に引き摺り込んでいく魔術的な美しさがある曲だった。

そして闇の中から自分1人だけに語りかけてきている様な切実さをたたえていた。

曲が終わって我にかえった僕は言った。

「さっきの曲何ですか? なんていうか、凄いですね」

「ジェフ・バックリーの「ハレルヤ」。うん。凄いんだ。もともとはカナダの詩人でミュージシャンのレナード・コーエンの曲のカバーなんだけど。でもジェフはね、このデビューアルバムを出したあと死んじゃうんだ」

まるで親しかった人を語る様な口調だった。

「川で溺れたんだよ」

「残念ですね」

「うん。とても残念だ」

「私もジェフ・バックリー好きです」と錦が後部座席から言った。「ギターと歌だけでこんなにも豊かな世界を演出できるのが凄いですよね、そういうシンガーが好きです」僕は深く頷いた。しかしこれまではどう楽曲を飾り付けるかだけを考えてきたので戸惑いもあった。楽曲そのものの強度というか、プレイヤーのもつ技巧以外の力というか。そういったものにもっと目を向けるべきなんじゃないかという思いが湧いてきた。それは足し算引き算掛け算で楽曲を洗練させていく今の「すとれいしいぷす」の音楽性とは真逆の方向性に思えた。もっと「そこにあったものを発見して持ってきた」様な「もともと存在していた超自然的なものを楽器や人の手を介して顕在化させた」様な、そんな音楽こそが自分は心の底からやりたいのではないかと思えてきた。そう見えるだけで本当は人工的、技巧的なもので達成されるべきことなのかもしれないが、少なくてもそう感じられるものを目指さなくてはいけないのではないかと思い始めた。

「才能あるやつに限って早く亡くなったり、どっかにいっちゃったりするんだよ」

藤田さんがポツリとつぶやいたその一言で僕は思考の底から戻ると急激に眠くなり世界はフェイドアウトしていった。

次の日は藤田さんがみんなの為に作ってくれた朝食を済ませると早速朝からスタジオで練習に入った。今までの曲のおさらいをまずやって、それから前日の夜に簡単なデモ音源と構成を教えてもらった石田さんと高岸の共作の新曲5曲にとりかかった。2人の新作は確かに強力な曲ばかりで肉付けしていく作業は楽しかった。それはボウイやロキシー・ミュージックのグラムロック的な演劇的で攻撃的な楽曲(石田さん的要素)にXTCやパワーポップの親しみ安さとギタードリブンな音楽性(高岸的な要素)を融合させたような楽曲群だった。その時は結局2曲しか取り掛かれなかったが、バンドが更に進化したのを実感することができた。ギタードリブンといったが、実際僕のプレイはかなり高岸の指示したものを弾くということが多かった。当時の僕には確かに自分で皆を納得させるようなフレーズを作る能力はなかったので何もいえなかったが、そうなるとますますギターが僕である理由も見出せなかった。

スタジオ連続練習時間の上限の2時間が終わったので、例の談話室に行くと、成戸が同じく合宿に来ていた他のバンドのメンバーと談笑していた。彼らは男だけのスリーピースバンドでスタジオから僕らが出てくるのを待っていたみたいで、お互いに軽く挨拶すると入れ替わりでスタジオに入っていった。一番成戸と親しげに話していた長身の男は黒のレザージャケットをきて赤いグレッチのギターを抱え、雰囲気もなんとなく浅井健一に似ており、すれ違う時にふっとタバコと香水の匂いがした。が周りを圧倒するような威圧感はなく、ひょうひょうとしていて物腰も柔らかな優男だった。成戸は僕らの練習の序盤でパチパチと写真を撮るもとどこかへ行ってしまったのだが、ずっと談話室で彼らと話していたのだろうか。

成戸は何とか自分でやりたいことを見つけて楽しんでいるみたいだったが、やはり無理やりにでも断ればよかったと思った。昨日は問題なかったが合宿の本題である練習が始まるとどうしても成戸は手持無沙汰になってしまう。僕の気にしすぎなのかもしれないが、成戸が退屈していまいか気になるし、バンドの他のメンバーなんとなく気を遣ってしまってなかなか練習だけに集中できない気がした。

僕たちは練習の振り返りをそのまま談話室で行った。成戸はパソコンで撮った写真を整理し始めた。30分後ぐらいにメソポタミア文明ズの面々が出てきて、昼飯を食べに行きがてら、出かけることになった。

※①成戸が好きな写真家は川内倫子と植田正治。藤田さんは「(写真家は)森山大道とか土門拳、アラーキーしかしらんなぁ」とか言っていたが、ロバート・メイプルソープの話やバンドを撮りたいなら、ということでビートルズを撮っていたアストリッド・キルヒャー(Astrid Kirchherr)やペニー・スミスの話をしていた。因みに僕が写真に興味が出てきたのはだいたい梅佳代や川島小鳥が流行り出した頃だからこれより3年から5年ぐらい後である。

この車の中の会話の時点では藤田さんは色々と興味の広い人だなぐらいの印象だったのだが、付き合いが深くなるにつれその博覧強記っぷりにいつも驚かさせる事になる。

※②錦はかなりの映画好きで、この後僕は相当な数の映画を見る事になるのだが、彼女はその時僕が見た物の殆どを知っていた。

※③「雨をみたかい」(原題:”Have you ever seen the rain”)はCCRの代表曲で、本人達はその意図を否定しているが、ベトナム戦争の反戦歌としても親しまれている名曲。晴れの日に降る雨(天気雨)のことを歌っていて、それがベトナム戦争における爆撃の隠喩であるととらえられた様だ。もっとも彼らノンポリだったというわけでもなく、ストレートな反戦歌があったりする。「フォーチュネイト・サン(Fortunate Son)」は議員の息子は戦争に行かなくてもいいけどおいらは貧しいから行かなきゃみたいな歌詞で、これは当時よりも寧ろ現在のアメリカの方が切実なテーマだったりする。貧困から抜け出す手段の一つが軍への入隊だったりするからだ。

※④藤田さんの車にはCDチェンジャーがついていた。Bluetoothでスマホと同期させてサブスクの恩恵をそのまま車内に反映できる現在ではもはや無用の長物かもしれない。

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