音楽連載小説 第二十話

【第十九話はここから】

僕よりも後から入校したのに既に成戸は仮免一歩手前まで来ていた。周りには要領がいい人間ばかりで嫌になりそうだ。「仮免の問題出しっこしようよ」まだ5コマぐらいしか受けていないから断ったのだが、無理やり付き合うはめになった。でも結果的にはここで色々問題を出し合うことでかなり仮免の筆記テストには役にたった。一通り問題を出し合うと、お盆や夏休み、これまで何をしてたかなどの話をした。成戸は実家がある名古屋に帰省していたという。その流れで僕も帰省の旅とそしてバンド合宿の話をした。

「ねぇ。そのバンド合宿に私も参加していい?」

「まじで? 合宿明後日だよ。宿の予約もあるし、車の人数あわせもある、何より知らない奴ばっかだよ。いいの」

「いい、いい。だってあんたも半分知らない人なんでしょ。そういう会じゃん」

確かにメソポタミア人の知り合いは僕にはいない。

「お願い! 人を撮る練習したいの! バンド好きだし、バンドの写真撮りたいし。後で写真撮っといてよかったって思うよ絶対。なんなら御目当ての娘の写真もとりますぜ、旦那」

「そんな人いねーよ。これでも真面目な合宿なんだぞ」

諦めるどころかますます顔を輝かせて「私だって無理なら無理でスッと諦めるし、聞いてみてよ」と成戸は食い下がった。

確かに成戸なら僕と違ってすぐにみんなに打ち解けるだろうし、高岸はともかく年長組ならあっさりOKしてくれそうだった。という事で結局は僕が折れて石崎さんにその場で電話する事になった。

「(石崎さんが電話に)出なかったら諦めろよ」とかけながら成戸に言ったが、待ってたかのようにすぐに石崎さんは電話に出た。

事情を説明すると「そういう事なら一肌脱ぐよ。しかし君も淡白に見えてなかなかやるね」と、そのニヤケ顔が想像できるようなトーンで言った。めんどくさいので訂正しなかったが絶対何か勘違いしている。「ちょっと待ってくれ」といって石崎さんは電話を切った。成戸は何も言わなかったが「ほらね」って顔をしている。十五分ほど待って石崎さんから電話がかかってきて成戸は合宿に参加する事になった。僕が左手でOKサインをだすと「かわって」と言って成戸に電話を奪われた、僕はその後10分間コミュニケーション能力が高い人たち同士の会話の断片を聞いていた。

店を出るとあたりは暗くなりはじめていて、教習所からそれぞれの方面に向かうバスがなくなりそうな時間だった。二人とも方向は別々で、僕のが先にきた。

「合宿たのしみだね」

「成戸の行動力には驚いたよ。じゃあまた」

「いい加減その『なりと』ってのやめてくんない、苗字気に入ってないから。由紀でいいよ」

「わかったよ」と僕は言ってバスに乗り込んだが、男が「わかったよ」って女性に即答するとき、全然わかっていない場合が多い。この時もそうだった。

高田馬場に着くと高岸も成戸も来ていて2人で何かを話していた。ギターを担いでいた高岸を見て成戸が声をかけたらしかった。高岸はまた服装が少しお洒落になっていた気がした。とぼとぼと歩いてくる僕を成戸が見つけて早速写真に撮っていた。

「フィルム勿体ないからやめやめ」

「残念でした。※①デジタル一眼だからヘーキです」

8時5分過ぎぐらいに石崎さんと石田さんが車でやってきた。確か黒のホンダ、オデッセイだったと思う。「共用だけど姉貴が地元でメインで使ってる車だから、何かあったら姉貴に何されるかわからん」らしい。成戸が自己紹介してあっという間に2人と打ち解けていた。その間チラチラと石崎さんがニヤニヤとこっちを見ている。早速みんなで記念撮影があった。僕は写真を取られるのが苦手だったけど旅行でワクワクする気持ちがあったから悪い気はしなかった。

石崎さんが車に乗り込む時に「やるな」と一言。石崎さんは良い人で好きだったが、こういうノリに僕はついていけない時があった。僕は無視して車の三列目、みんなの荷物がうず高く積んである隣に早々と乗り込んだ。運転席は石崎さんで、助手席は石田さん。その後ろに成戸でその隣が高岸になった。自分から進んでそこに落ち着いたとはいえ、みんなが本当に前の方で楽しげにしているのはなかなか寂しくもあった。一方僕はなんとなく後ろの席で静かに物思いにふけりたい気持ちもあった。

さて、旅行の準備で1番大事なのは何か? ※②前にも言ったけど音楽好きにとってはどのアルバムをお供にするか、である。今回はバンド練習のリファレンス用CDと車内用のCDと2つの用途を加味して選ばなければならない為、なかなか骨が折れた。特に成戸の参加によって車内用には成戸が知ってそうな物を選ぶという縛りも出てきてしまったから、選ぶのに結構時間がかかってしまい、出発の日は寝不足だった。車内は最初は高田馬場まで石田さんが(多分)無理やりかけたロキシー・ミュージックだったが、今は成戸を考慮し、僕が持ってきたサニーデイ・サービスの『Best Sky』がかかっている。

いつもは電車で通っていたり、徒歩で歩いている場所を車中から見るとまた別の印象を受ける。車から見る東京の街並みと、駅と駅の間の点と線がつながっていくのが面白かった。東名高速に乗り、途中※③サービスエリアによって小田原駅には10時ちょっと前に着いた。メソポタミア文明ズの面々とは10時半に小田原で待ち合わせの予定だった。横浜方面に住んでいるメンバーをピックアップしてから来るということらしい。ところが僕たちは早く来すぎてしまったので、石崎さん以外のメンバーはその辺を探索する事になった。僕以外の3人は小田原城周辺を散策、僕は駅舎に入ってみたり周辺を探索したりした。この後僕は何度も小田原駅を利用する事になるが、この時の経験のせいか、いつもこの駅からは旅やドラマの始まりを感じて胸がいっぱいになってしまう。駅舎を通って反対側のロータリーに出るとそこは小田原のメインの素朴な街並みが広がっていて、適度な都会感と観光地的な雰囲気が混ざり合っていてとても好感が持てた。街並みを更に奥に進んでいくとTaharaと言う初めて見るCDのチェーン店がビルの中にあり、物色しようと中を覗くも、10時半まで後5分ぐらいになってしまっていたので、急いで駅の方向へと戻っていった。

ロータリーに着くともうみんな揃っていて、自己紹介っぽい感じになっていた。「メソポタミア文明ズ」は男女混合の4人組バンドで石田さん、石崎さんと同じ大学の軽音サークルのメンバーが主だった。リーダーは藤田さんという大柄の男でメガネをかけて髭を生やしており、遠くから見るとまるで熊がいるように見えた。彼はベーシストで文明ズのバンドリーダーでたまに自作曲も作っていたみたいだった。藤田さんは石崎さん曰く「何年大学にいるのかわからない」人らしく、本人も「何年生か忘れた」と言って豪快に笑っていた。次に紹介されたのが高山さんという3年生の女性ドラマーで、ドラムとボーカルを兼ねていた。痩せ型でスラっとしていてオレンジ色のフレームの眼鏡をかけ、髪をまとめてハーフアップにしていた。話し方がとても柔らかで印象的な人だった。深川さんという男性がギタリストで、彼は中肉中背だったがめちゃくちゃ色白で、石崎さんに「コイツ生命力無さそうだろ?」とか言ってめちゃくちゃないじられ方をしていた。まぁでもそう見えたので笑ってしまった。石崎さんと深川さんは同じ2年生で、めちゃくちゃ仲が良さそうに見えたので石崎さんに親しみを感じていた僕はその姿を見てちょっと胸がちくりとした。そして最後に紹介されたのが錦侑里(にしき ゆり)だった。錦は人見知りで自己主張がなさそうなタイプに見えた。こういう場面や人付き合いがあまり得意ではない僕は勝手に彼女にシンパシーを抱いていた。彼女からすれば迷惑な話だ。錦は僕や高岸と同じ1年生でキーボード担当だった。StraySheeps、絶対安全毛布、そしてW3、それぞれのバンドを将来的に率いることになるバンドリーダーが一堂に会したのはこれが初めてだった。

第二十一話に続く

※①NikonのD100。当時はまだデジタル一眼は珍しく、高価だった。成戸はそれだけでなく、写ルンです(使い捨てカメラ)、チェキ(インスタントカメラ)、画像取り込むためのノートパソコン、フィルム式のカメラ(ミノルタの一眼レフ、親からの借り物)、三脚を持ってきていた。彼女曰く「それぞれの良さがあるんだよね」らしい…。

※②今なら車と携帯をBluetoothで同期させてサブスクサービスに繋いでなんでも聴けるからそんな悩みは殆どなくなってしまって寂しい気がする。昔は家族で遠出する時ようにカセットテープで旅行用のテープを作っていたものだった。

※③特にお腹空いてなくてもサービスエリアの屋台でなんか買っちゃう現象をなんと名付けようか。

第二十一話に続く

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