リバーポートソング第二部 第八話 僕が持っている嫉妬心やエゴが彼らにもあったら今頃はどうにかなっていたかもしれないと思うとやりきれない時がある。

【第二部 第七話はここから】

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 その日はあいにく練習の後、柳も錦もバイトが入っているということで、あまり時間がなく、すぐ解散した。が、次の練習は4日後で、その時には小木戸とやった時の曲もやった。順調な滑り出しかの様に見えたこのプロジェクトだったが、結局それはその後どうなるということも無かった。
 ひと月が過ぎた。柳と僕は、雨の日のコインランドリーでだらだらと僕らの汚れ物が回り終わるのをいつものように待っていた。なんという事のない日なんだけど何故だかこの日のことは鮮明に覚えている。柳はいつものベンチに座って壁にもたれかかって本を読んでいた。僕も本を持ってきてはいたが集中出来ず、ポータブルのCDプレイヤーで音楽を聴きながらただ洗濯物が回転するのを見ていた。
 もともと錦は、小木戸とやった時も今回も、自分の音楽を試しに具現化することを手伝ってほしいだけだった。それは僕が、去年の夏の合宿で強くリクエストしたことでもあった。だが具現化しただけでは僕には不十分だった。
「なあ、ちょっと前に錦さんとスタジオ入ったろ。あれ、よかったよな」
「どうした急に」そういうと柳は、ボロボロになった文庫本を閉じていった。「たしかに楽しかった。彼女の作った曲もよかった」
「だろ、このまま埋もれさせとくにはもったいないとおもうんだ。ライブハウスに出て彼女の歌をみんなに聴いてもらいたくないか」
「けれどそれは彼女の問題だ。彼女が望まないなら仕方がない」

 それはその通りだった。柳と錦はまあまあ共通点があったが、その最たるものは自分が生み出したものを世間に認知させる事への関心の低さだった。2人とも作品の質の向上のための追求は怠らなかったが、それを発表してみんなに受け入れてもらおうというエゴは致命的に欠如していた。僕の場合彼らとは真逆で自分の作った曲や自分参加しているバンドが賞賛されたいと思っているし、良いライブを見たり、仲間内で誰かが良い曲を作ると何故それが自分の手によるものではないのだろうという激しい嫉妬があった。自分ではそれは恥ずべき事だという認識があったから、表面化させる事はなかったけどそうだった。僕が持っている嫉妬心やエゴが彼らにもあったら今頃はどうにかなっていたかもしれないと思うとやりきれない時がある。
 僕は柳の言葉に対して曖昧に返事をすると再びぐるぐると回る僕らの洗濯物を見ていた。今度は音楽すら聴かなかった。

6月。出会ってから頻繁に会っていた僕らだったが、この頃にはなんとなく柳と疎遠になってしまっていた。彼は4月の錦とのセッション以来、ドラムにのめりこんでいて、あのあと何度か誘われてスタジオに入り、僕がベースで柳がドラムで、リズム隊がカッコいい曲を練習したり、アドリブで演奏したりした。この時割と沢山の曲のベースをコピーをして、後にそれが役に立つ事になった。が、あくまでギターがメインの楽器だとまだ思っていた僕とは違い、柳は特にそんなこだわりもなくその時々で夢中になっている楽器で遊び倒していたので、僕と遊んでいた以外の時間も一人でスタジオに入ってドラムを練習していて、この時期は遊びに行っても「このドラムが凄い」とかドラムやリズム中心の話が多く、ベースはともかく、ギターを抱えてる姿も殆ど見なくなった。また、スタジオに入る時は僕の安物のベースの音で満足できなくなったのか、必ず彼の所有している※①フェンダーのジャズベをかしてきて、ついにはそれはしばらくの間僕の家で預かる事になった。
 最初は僕のベースとの演奏でも満足していたみたいだったが柳のドラマーとしてのレベルが上がってくるとそれだけでは満足出来なくなってきたのか、彼はいくつかのバンドのサポートに無償で参加するようになっていき、いよいよ忙しくなったのか、ここから秋ぐらいまで会っても月に一度ぐらいの頻度になり、柳とバンドを組みたいというぼんやりとした願いも薄れてきていた。

 入れ替わるようにこの時期、僕は杉元と良く遊ぶようになった。柳と違って彼は僕の家に遊びに来る事が多かった。

杉元は佐々木君の友達で、高校の同級生だったが、その時は特に話すこともなく、顔だけ知っている存在だった。ゴールデンウイークに仙台の佐々木君の所にまた遊びにいった時に再会して親しくなったのだった。杉元は高校の時は殆ど坊主に近い短髪だったと記憶しているが、この頃には肩ぐらいまで髪を伸ばしていて、その長さを変えることは僕との付き合いの間一度もなかった。かといって客観的に見て彼は長髪がものすごく似合ってたわけでも無く「お前髪長げえよ」「いや普通だよ。お前が短いんだよ」といって押し問答するのが僕らのくだらない定番のやりとりだった。
 杉元は一浪して寮に入って仙台の予備校に通っており、勉強の合間をみては佐々木君と遊んでいたらしい。晴れて大学生になった杉元は(因みに錦や石田さんと同じ池袋の大学)ゴールデンウィークに仙台時代の友人に会いに行き、そのついでに佐々木君にも連絡してみた所僕がいたというわけだ。「彼が来るならその間何処か行ってようか?」と提案したのだが「いい奴だから是非会ってくれ」といい、あちらも気にしないみたいだったので三人で会って佐々木君の家で飲んで結局朝までゲームしたりして遊んだ。彼はそのあと眠たい目をこすりながら佐々木君の家を八時頃に出て仙台駅に行き、青森駅に向かった。その時玄関先でメールアドレスを交換して僕らは別れたのだった。
 連絡先交換は社交辞令的なものかとうがった見方をしていたが、ゴールデンウィークが開けるとすぐ杉元から連絡が来た。杉元は同じ沿線沿いに住んでいて、僕や柳の駅から5駅ぐらい都心に近い駅が最寄りだった。そこには安くてうまい回転寿司のチェーンがあって、よく二人でいっていた。最初に杉元から連絡があった日も、そこで飯を食べないかという誘いだった。定期券があったから気軽にふらふらと誘いにのって食べに行き、高校の時の話で盛り上がって話たりないので杉元の家に行くことになった。その時まで杉元が音楽に興味があるとはまったく知らなかった。杉元の家には日本製の白いフェンダーのストラトキャスターと小さなマーシャルのアンプがあり、CDが100枚ぐらいならんでいた。

第二部第九話に続く

※①フェンダージャズベースの略。定番のエレキベースの一つ。

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