音楽連載小説 第十八話

【第十七話はここから】

東京から仙台に鈍行列車で行くには主に、2ルートある。まずは上野から素直に常磐線にずっと乗って仙台まで行くパターン、そしてもう一つは宇都宮線、東北本線を通って行くパターンだ。※①僕は鈍行列車の旅初心者だったので前者の乗り換えの少ない簡単なルートを選んだ。

上野駅はもちろん何度か行った事があったが、常磐線に乗り込むのは初めてだったのでやはりワクワクした。※②ボックスシートに座りニューオーダーのベストをかけながら※③ケルアックの『路上』を読み始める。進むごとに車内の人気がまばらになっていき、ついに僕のボックスシートは僕1人になったので前日買っていたおにぎりをつかんだ。小説にも飽きてきたので暫く車窓の景色を眺めて過ごしてるうちにまた人が多くなってきて茨城県の水戸駅に着いた。水戸は日本三大名園の偕楽園があり車窓からちらりとその様子が見えた。乗り換えの時間が5分しかなかったので急いで向かいに来ていた電車に乗り込む。車内はそこそこ混んでいて座れなかったが、ずっと座っていたので立っているのも悪くなかった。そのうちにまた人が段々と減ってきて僕はまた座った。盲点だったがずっと車内にいると空調が効きすぎていて多少肌寒かった。帰りは実家でカーディガンか何かを持って帰ろうと思った。

ちょうどお昼になったころに福島県のいわき駅についた。30分ほど乗り継ぎの時間があったので改札から出て昼飯を買って少しいわき駅周辺を探索した。といっても駅前のロータリーを少しみたぐらいだった。出発時刻ギリギリに次の電車に乗り込んで、今度は持ってきたもう一つの小説、※④ドストエフスキーの『罪と罰』を読み始めた。中学生の時、夏休みに何か文学大作を読んでやろうと挑戦したが、その時は全く面白くなくてすぐに読むのをやめてしまった一冊だ。ところが昔面白くないと感じたのが不思議なぐらいに僕は小説にのめりこみ、しばし時を忘れた。気が付くと終点の原ノ町についていて、ここでは乗り換えが15分ぐらいあったので売店でスナック類を買って、次の電車に乗り込んだ。これにこのまま乗っていけば仙台につく。結局次の電車の中でも僕は『罪と罰』を読み続け、気が付くとそこはサンクトペテルブルクではなく仙台で午後3時過ぎだった。

佐々木君との待ち合わせは7時で仙台駅前だったのでまだ三時間以上も時間がある。音楽マニアが新しい街に降り立って最初にすることはCD屋に行くことである(少なくてもこの時代は…)。僕は駅前のヴァージンメガストアを物色し、この間TSUTAYAで借りたプリファブ・スプラウトのベスト盤が輸入盤で安かったので買った。このアルバムは多くのCDを手放した現在でもまだ家にある一枚で、何度聴いたかもわからない。歌詞カードもボロボロで間違いなく人生で一番聴いた。近かったのでタワーレコードとブックオフに行った。タワレコでは特に欲しいものもなく、ブックオフで2、3枚中古のCDを買った。何を買ったかは覚えていない。小沢健二の『ライフ』とマニック・ストリート・プリーチャーズの1stだった気がする。少し時間が余ったので喫茶店で『罪と罰』を読みながら時間を潰して友を待つ。ストーンズのベストも持ってくればよかった。

「悪りぃ悪りぃさっきバイト終わってさ」と佐々木君は軽いノリでやってきた。

「お前、髪、茶髪じゃん。てか伸びたね」

「ん。言ってなかったっけ。染めた」

佐々木君は高校の時は科学部で髪も短くて結構真面目なタイプだったからびっくりした。それにバイクを買ったのも意外だった。実は高校にいるときから教習所に通って免許だけはとっており、大学合格のお祝いとして多少の援助もあり、バイトでためた金をあわせて晴れてバイクを手に入れたという。早速その自慢のホンダのバイクで牛タンの店に連れて行ってくれ、積もる話はそこでした。佐々木君の下宿に行って、今度は彼の※⑤CDの棚を肴に音楽話をして、お互い疲れていたのでその日は結構早めに眠りについた。

朝、佐々木君がコーヒーを淹れる音で目が覚めた。好みを聞かれたから砂糖多めのミルクコーヒーにしてもらった。「来いよ」誘われてマグカップを持ちながらベランダにでると仙台の街並みが一望できた。仙台は複雑な地形で丘陵地が多く、佐々木君の下宿もそんな高台の上に立っていた。街の真ん中を広瀬川が貫いていてそれがこの街に他にはない特徴を与えている。二人でコーヒーを飲みながらしばらく仙台の街を見ていた。今日は佐々木君はフリーで、明日昼にバイトが終わったらその日の夜に仙台を発つことになっていた。トーストを食べて少し家でだらだらした後バイクで※⑥松島に行くことになった。小学生の頃修学旅行で行ったきりだった。

次の日、佐々木君がバイトに言っている間、僕は商店街を探索してHMVと新星堂にいき、佐々木君おすすめのラーメン屋でラーメンを食べた。バイトが終わると合流して、早めの夕飯をファミレスでとり、佐々木君の下宿で2,3時間仮眠して仙台を出発した。日中は暑いのと道が混んでいるから夏バイクで長時間移動するときは夜に限るというのが佐々木君の持論だった。調べたところ大体8時間ぐらいかかるらしいが、道がすいていればもっと早いかもしれないとのことだった。

旅の始まりというのはどうしてこんなにもわくわくしてしまうんだろうか。佐々木君のバイクにまたがってエンジンの鼓動を感じた時、月並みだが自分の胸も高鳴っていると思った。そしてバイクは出発し、夜の国道の闇の中に吸い込まれていった。

仙台から青森までのルートは実に単純だ。国道4号線をただひたすら進んで行けばいい。夜がふけていくにつれ車通りはほとんどなくなり、世界は我々二人だけみたいになった。佐々木君は信号で止まる旅にこっちを振り返って僕がちゃんと乗っているか確認してくれたり、話しかけてくれたりする。「大丈夫だとはわかってるんだけどさ、時々不安になるんだよな」と話していた。バイクで二人乗りするときは運転者に捕まるか、座席についているベルトをつかむのだが、僕はそのベルトをつかんでいたので心配になるのもわかる気がする。岩手県に入ってしばらくすると、トイレ休憩もかねてガソリンをいれることになった。佐々木君はいいと言ってくれたがガソリン代は僕がだした。

何度か休憩をはさみ、長かった岩手県を抜け、青森県に突入したところで空が白んできて周りの景色がだんだんと見えるようになってきた。それはなんとも形容しがたい美しさだった。バイクで旅行するのは当然初めてだったが、高速で風に身をゆだねることがこんなに気持ちいいことだとは思わなかったし、車での移動では到底味わうことのできない景色の変化とパノラマに僕は完全に魅了された。これは佐々木君が夢中になるのも無理はない。音楽を聴きながら走れないのが残念だが、そんな些細なことはどうでもよいとさえ思えた。後ろに座っている僕ですらそう思うのだから、運転している佐々木君にはもっと素晴らしい景色が見えているのかもしれない。この体験以降バイクが登場する曲や映画のシーンの感じ方がかなり変化した気がする。

青森の市街地に近づくとそんな新鮮さは大分薄れてきて、二人とも疲れと眠気が濃厚になり始めた。佐々木君はありがたいことに僕の実家まで送り届けてくれた。ただ後ろに乗っているだけなのにくたくたになっていた。佐々木君はずっと運転していたからもっとだろう。お互い会話する体力もあんまり残っていなかったが、泊めてもらったのとバイクで送ってくれたお礼を僕は精一杯伝えた。佐々木君は「一人で帰るより楽しいし心細くなかったからいいよ」と笑ってくれた。「それにガソリン代もってもらったしね」

去っていく佐々木君の後ろ姿を見送ったあと、玄関のチャイムを鳴らした。その日に帰るとはいっていたが事前に時刻を言っていなかったので両親はびっくりしながらも僕を迎えてくれた。シャワーを浴びてから、上京したその日のままになっている自分のベッドに倒れこむようにして眠った。

続く

※①何回か同じような旅を続けて、僕は乗り換えが多いルートの方が気分的には楽だし適度に緊張感があって良いということを発見した。

※②クロスシートというのが一般的か。2人がけの座席が向かい合うタイプのシート。都心の私鉄や地下鉄で一般的な横一列の長い座席をロングシートという。

※③ジャック・ケルアック『路上』(On the Road)。1957年に出版されたビートを代表する文学作品で、60年代のカウンター・カルチャー、ヒッピームーブメントに多大な影響をもたらした。ディランやドアーズのジム・モリソンなど、ミュージシャンにも多く影響を与えた名作。

※④ドストエフスキー『罪と罰』。1866年に連載が開始されたロシア文学の古典にして世界の文学史でも最重要といっても過言ではない名作。確かに長いけど『カラマーゾフの兄弟』よりは断然読みやすいと思う。

※⑤佐々木君のCDコレクションは青森時代よりも減っていてあんまり新しいものも増えていなかった。かわりに流行りのJ-popなど以前の彼なら絶対に聴かない物もあった。聞くとこっちでできた彼女の影響らしい。僕がかしてもらったバイクのヘルメットも本当は彼女の為に買ったものということだった。

※⑥松島は日本三景の一つで、大小様々な島が松島湾に浮かんでいる絶景が楽しめる観光地。仙台に行くことがあったら是非寄って欲しい。観光船に乗ることをおすすめします。

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