音楽連載小説 第十六話

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御茶ノ水は日本では珍しい楽器街と言える様な場所で大通り(明大通り)の両側に楽器屋がずらりと並んでいて楽器好きなら一度は訪れておきたい聖地である。因みに御茶ノ水駅からその楽器屋通りをずっと進みY字路を右に進むと書店街で知られる神保町につく。実は上京してきてからまだ一度も御茶ノ水に行ったことが無かった。その話がどこかで出て「じゃあCD買うついでに楽器屋も見に行こう」という話になった。

時刻は朝10時だったが、天気は夏真っ盛りで駅の改札外の日陰で待っているだけで汗が噴き出てくるのがわかる。僕はちょっと早く来すぎていて、CDを聴きながら石崎さんを待っている。プリファブ・スプラウトの陰のある音楽は目の前の風景にはちょっとミスマッチだったが僕は気にしなかった。待ち合わせはJRの御茶ノ水橋口の改札前で目の前に御茶ノ水の街並みがあって多くの人たちが交差点を行き来している。池袋や高田馬場とはまたちょっと違った活気がここにはあった。石崎さんは時間丁度に来た。

「悪い悪い、待った?」

「いや。ぜんぜんすよ」

「何聴いてたの」

「プリファブです。ベストです。最高ですね」

「だろ?」石崎さんは満足そうに笑っていった。

僕たちは駅の日陰から出て明るい太陽に飛び出して行ったが、石崎さんはすぐに※①左に曲がった。「こっちこっち」

そもそもCDを買いに行こうという話になったのは前に書いた通りプログレの話題で盛り上がったからだった。プログレ好きならきっと面白い所があるから連れて行ってくれるという事で、それがディスク・ユニオンプログレ館だった。ディスク・ユニオンは関東を中心に展開する中古CDやレコードのチェーン店で、関東の音楽ファンにはお馴染みの店だったが僕はその存在を全く知らなかった。プログレ館は、そのディスク・ユニオンの中でもプログレだけを専門に扱う売り場だった。そしてそれは駅の横道を少し歩いて、思ったよりも小さなビルの中にあった。正確には一軒まるまるプログレだけというわけではなく、ビルの中のの各フロア毎に取り扱いジャンルが異なっていて、当時はヘヴィメタルと、なんだか忘れてしまったけど他のジャンルもあった気がする。

正直言って上京するまで中古のCDを買うという習慣は全く無かった。都会に住んでいる人には想像もつかないが、田舎にはそもそも中古のラインナップが流行りのJ-POPとかしかないのだ。ブックオフに行っても本当に流行っているCDとかの中古しかなく、洋楽の品揃えも貧弱だったりする。※②目当てのアルバムをゲットするにはCD屋をはしごしたり、ちょっと遠い最寄りのタワーレコードまで行くしかなかった。だからそもそも中古で欲しいCDを手に入れるという発想がなかった。中古と言えばTSUTAYAでレンタル落ちのヒットシングルか、近所のCDとかゲームも売ってる古本屋で※③1枚30円から100円ぐらいで「短冊形」のCDシングルを大量に集めるぐらいのものだった。

という事で上京してきてからも僕は池袋や新宿、渋谷で新品のCDを買っていた。因みに輸入盤を買うという習慣も上京してきてからだ。僕はプログレ館で※④アフロディテス・チャイルドの『666』とヘヴィメタル館でネイキッド・シティのセルフタイトルアルバム、ぺインキラー『Guts of Virgin』を買った。

次に石崎さんが連れてってくれたのはディスク・ユニオンの御茶ノ水駅前店で、そこには普段僕がメインで聴いているような音楽のCDがたくさんあったから、僕はさっきの店でCDを買いすぎたのを少し後悔した。結局その店では欲しいCDはあったものの僕は何も買わなかった。

2人でCDを物色してる間に昼になり、お腹が空いてきたので駅前のロッテリアに入った。ここで2人はバーガーをつまみながら今日の戦利品をじっくりと眺めつつ、音楽トークに花を咲かせた。

「石崎さんって石田さんと付き合ってるんすか?」

ポロリとずっと気になってた事が口をついて出てしまった。

「いや、付き合ってないよ、俺彼女いるし。ケイちゃんもついこの間まで深田先輩と付き合ってたしね」と顔色一つ変えずに石崎さんは言った。

深田というのはエーテルワイズのギターボーカルだった人だ。例の打ち上げの飲み会の席で少し話したが本当に普通の人だった。なんというか僕は石田さんをちょっと普通の人とは違うような人だと思っていたので、あんな普通の人と付き合っていたなんて少しがっかりしてしまった。当然僕には深田先輩について何かを語るような権利もないし、彼のことを語れるだけ知っているわけでもない、それに他人のことを普通だとかなんだとか判断するのもあまりよくないことだろうと思う。しかしそれは僕の正直な気持ちだった。同じ凡人の仲間としてそう思った。そして深田先輩と付き合っていたこともショックだったが、彼との恋愛関係がなかなかうまくいっていなかったからという個人的な事情もあって僕たちとバンド組んでくれたんじゃないか言う疑念が湧いてきて、そう思うとますます石田さんに対して勝手に失望してしまっていた。もちろんそれは僕のうがった見方で本当は全く関係ないのかもしれないが。いずれにせよ、もやもやはずっと残り続けたので、やっぱり聞くべきではない質問をしてしまったと思った。

「えっケイちゃん狙ってるのかい? チャンスだよ」と石崎さんはニヤつきながら言った。

僕はこの発言で少し気分を害したが笑って否定するにとどめた。前にも書いたが僕は確かに石田さんに魅力を感じていたのは確かだ。がそれは異性としてと言うよりも人間としてで、そして人間として彼女は僕にとってはまぶしすぎる存在だった。だからこれ以上彼女と深い交流をしようと言う考えは全く僕の頭にはなかった。同じバンドメンバーであると言う事ですら僕にはちょっと荷が重かった位だ。多分石崎さんがいなかったら僕はもっと早くこのバンドを辞めていたと思う。

腹ごしらえが終わるといよいよ楽器街の探索だ。といってもその時は楽器を買うような資金もなかったし、ピックや弦をかったり、エフェクターを試奏したり、基本的には冷やかし程度だった。しかし当時僕が持っていたギターはレスポールのコピーモデルでそんな大したモデルでもなかったので、いつかフェンダーのストラトキャスターを買おうと楽器店をめぐるうちにぼんやりと思いはじめた。そしてそのためにお金を貯めることを夏休みの1つの目標とすることにした。ひょっとしたら僕のギタープレイがたいした事ないのは今もっている楽器がしょぼいからではないだろうかそんなくだらない言い訳も頭には思い浮かんでいた。

第十七話に続く

※①この時はディスク・ユニオン・プログレッシブ・ロック館は御茶ノ水駅の御茶ノ水橋口と聖橋口との間にあるビルの中にあった。ディスク・ユニオンは同じ地域に複数のテナントを借りて店舗を経営しており。新宿や御茶ノ水にはそれぞれ4、5件のディスクユニオンの店舗があった。そしてその数や場所、売り場の内容は時代によって結構様変わりしているため、ここに記述してある2004年当時の店舗体制と2018年現在の店舗体制は結構違ってたりする。

※②何度もいうけど当時はアマゾンでCDを買うのもそれほど一般的ではなかったし、定額ストリーミングサービスはおろか、YouTubeも無かった。

※③短冊CDを集めまくったおかげで、物心つく前のヒット曲などもだいぶ詳しくなった。そしてそれらのCDの中にはヒット曲だけでなく、フリッパーズ・ギターの『星の彼方へ』があってそこから僕はフリッパーズの世界に引き込まれた。

※④アフロディテス・チャイルドは『炎のランナー』のテーマ曲で有名なヴァンゲリスが在籍していたギリシャのバンド。『666』とヘヴィメタル館ではそんな彼らのラスト冊にして最高傑作の2枚組コンセプトアルバム。ネイキッド・シティもぺインキラーもサックス奏者のジョン・ゾーンのプロジェクト。ちなみにこれら3枚のアルバムは全てプログレッシブロックのアルバムガイドに載っていた作品である。しかしながらジョン・ゾーンの2枚はプログレではなくはエクストリームメタルに近い音楽性である。前衛的、先進的な音楽性を持つアルバムを多数紹介したアルバムガイドだったため、ジョン・ゾーンの作品もエントリしていたんだろうと思う。

第十七話に続く

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