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ウィーン少年合唱団より近所の中学校の合唱に涙するのは何故か?

2018/08/12
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黒い瞳

日本を代表する世界のサックスプレイヤー、渡辺貞夫(通称ナベサダ)。

ジャンルとしてはジャズに分類される、そのナベサダの作品のなかに「黒い瞳」という合唱の歌もの曲があります。

「黒い瞳」は1997年の同名アルバム『黒い瞳』の中の一曲です。

栃木の中学校の生徒の合唱とリズミカルなパーカッションにナベサダのサックスがからむ。

そんな曲なんですが、これが感動的なんです。なにか根源的な郷愁を掻き立てられてしまいます。

もちろんそれは歌詞と、バックの演奏のなせる技でもあるんですが、その中学生の合唱がいい味を出してるんですよね。

どういった経緯でこの中学校が選ばれたのかも、どのぐらいの歌唱指導が入ったかは不明です。が、誰か他のプロのシンガーがこの曲を歌ってもこんなに感動的なものにはならなかったのでないかと思うのです。

中学生という時期の合唱には何かしらのマジックがある。

そう思いました。

というのも、この曲を聴いて、中学校の時、他のクラスの合唱を聴いて、震えるほど感動したことをおもいだしたからです。

けれど、振り返って考えてみて、とくに合唱がプロフェッショナルな意味で上手だったわけでもなかったということに気づいたからです。

事実、「時の旅人」「カリブ夢の旅」など、そのとき感動した合唱曲をYouTubeで探して見たんですね。

しかし、なかなかいい具合のものがない。

うますぎるんです。

うますぎてなんだかつまらないと思ってしまったのです。

あの時、自分が学生の時に味わえた感動が何故かそこにはなかったんです。

そりゃ、そういったプロフェッショナルな合唱の演奏も、生で聴けば感動はあるのかもしれません。

けれど、あのとき学校の体育館で感じた感動はまた別のもの、だと思いました。それはなんだったのか。

もっと下手でいいと思った。

僕が子供のころ聴いて感動した合唱、いわゆる親御さんたちが涙していた合唱ってもっと下手なんですよ。

下手というと語弊があるのでもっと厳密にいうと、もっと不純物が混じってるんですよね。

学校には歌が上手い人もいればもちろん下手な人もいるし、やる気がある人もいれば全くない人もいるわけです。

やる気があっても空回りしている人もいるし、練習はやる気なさげでも本番頑張ってたりする人もいる。

そんな歌の巧拙の差や、やる気の深度が 、うまーい具合にミックスされたのが中学生の合唱ではないだろうかと思うのです。

プロの合唱の方って当然ですがみんなやる気まんまんじゃないですか。

バラバラの思惑の人同士が集まって(半強制的に)一つの音楽を奏でる体験って本当にあんまりないなと。

また中学生というのも合唱に適した年齢に思えます。

小学生だと、歌の背景にあるものよりも、かわいらしさやあどけなさがメインになってします。

高校生だともうやる気ない人ははなから放棄してそうだし、参加する人ははなから真面目にやりそうです。

その点中学生なら、やる気がなくても本番ではふてくされつつもきちんとやっちゃったりするところもいいのではないでしょうか。

現在の合唱

今、合唱の現場ではどんな曲が歌われているのでしょう。

僕がいた小中高ではいわゆるJ-POPでは、井上陽水の「少年時代」やTHE BOOMの「風になりたい」、ジブリアニメからは「君をのせて」などが歌われていました。

今はAKBグループや坂道グループの曲が歌われているのでしょうか。

本家の歌唱ではメンバーのみんなはきちんと歌のレッスン受けているし、一人一人のやる気の熱量が半端ないと思います。

しかし、学校の現場では、ぐらいめちゃくちゃ歌ヘタな人とか全くやる気のないひとが混じってしまったことで、またちがう味わいの、本家とはまた別の感動を生み出してくれるようなものが誕生しているのではないでしょうか。

そんなきがします。

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